幼馴染ノア
私は折り畳んだマントをお腹の前で抱えつつサロンのカウチに腰掛けた。
私から一人分空けたあたりにノアが座る。
「何年ぶりかしら」
「6年ぶりだよ」
「そっか、背も伸びるわけね」
6年前ということは、ちょうど私が転生したあたりか。
「昔はリシリアの屋敷の庭で、よく一緒に本を読んだっけ」
「そうね。懐かしい」
リシリアの幼少期の記憶を辿ると、確か家が隣同士でよくノアが遊びに来ていた。
木陰で本を読むのがお気に入りで、わからない言葉が出てくるたびに二人であれこれ考えたんだっけ。
そしてそこまで話してようやく猛烈な違和感に気付く。
なぜノアは私に対してこんなにフレンドリーなのだろう。
確かゲームの設定では、ノアはリシリアに片想いしていたはず。
リシリアにアルバート王子という婚約者が出来たことで失恋し、以後リシリアとは疎遠になる。
疎遠??
とってもフレンドリーなのですが。
「リシリアがアルバート殿下と婚約すると聞いた時は胸が張り裂けそうだったけど、断ったんだってね」
照れくさそうに鼻をかきながらノアが言う。
そうか。
アルバート王子との婚約を受け入れなかったから、ノアは失恋しなかったんだ。
んん?
リシリアへの未練を抱えながらもヒロインと接近し、未練を断ち切ってヒロインと結ばれるのがノアルートだったはず。
でもこれじゃあーー。
「あのさ、自惚れてもいいのかな。リシリアも僕と同じ気持ちだって」
そうなりますよね?!
そりゃそうなりますよね!!
「ノア、えっと、それは」
「君は6年前から全然出て来なくなってさ」
あぁ、それは転生したからですね。
追放エンドが衝撃的すぎて、生きる術を身につけるのに必死でしたから。
「そ、それは、少し忙しくなって」
「ノックス家の使用人に聞いたよ。リシリアは花嫁修業に勤しんでるって」
「は、花嫁っ?!」
「だから僕もこの6年、必死で勉強した。君に恥じぬように」
いや真面目か!
真面目幼馴染か!
「努力は素晴らしいことだけれど、誤解してるというか」
「ゆっくりで構わないよ。今はこうして再会出来ただけで嬉しいんだ」
「ノア、あのね?」
「僕もまだこの学園で学ぶべきことがたくさんある。学生の本分は学業だからね」
「う、うん?」
ほんとに真面目ですね。
その発言、生徒というよりまるで教師のようですよ。
「リシリア。3年後、卒業式の日に、改めて気持ちを伝えさせてほしい」
???
ちょっと待って。なぜそうなる。
卒業式の日に告白されるのはヒロインと決まっているのです!
学園系乙女ゲーの決まりなのですよ!
アルバート王子といい、ノアといい、なぜこちらに矢印が向いているのか。アンジュ様というヒロインがいるというのに。
「リシリア、ここで何をしている」
低い声に振り返るとアルバート王子が腕組みをして立っていた。
「で、殿下」
「返しに来いと言ったのに、何油を売っている」
アルバート王子は私の抱えているマントに目を落とす。
「せ、洗濯してからお返ししようと。今洗濯室にーー」
「ほぅ、ここは洗濯室だったのか」
いえ、どう見てもサロンです。