王妃教育
「私はガローロと申します。執政補佐官として40年余り務めておりました。主に外交部門を専門としております」
ガローロはゆったりとした口調で話す。
微妙にビブラートが掛かったような声色は、癒し系老紳士って感じ。
「1学期の間、僭越ながら講師を務めさせていただきます。お嬢様方、よろしくお願いいたします」
私はその場で頭を下げた。
こんなに立派な人に「お嬢様」と呼ばれるなんて恐縮してしまう。
「では本日は基本となる謁見について学んでいただきます」
謁見。
一度父に連れられて行ったっけ。
謁見の間で陛下とザラ様が座ってらしたことは幼心にも覚えている。
「まず、座り姿勢は……問題ありませんね。では好感の持てる笑顔を」
好感の持てる笑顔。
私は少し口角を上げる。
「いいでしょう。ではこれから2時間、そのまま動かないでください」
2時間!?
動けないの!?
「今から架空の人物の名前、来歴、家族構成、職業などを読み上げます。可能な限り暗記してください。2時間後、テストいたします」
「なぜ架空なのかしら?」
モモタナが聞いた。
「実際の人物ですと、我が国の公爵令嬢であるリシリア様が有利になりますので」
なるほど。
この国の有力貴族ならだいたい名前はわかりますからね。
「ザラ様は何事も公平にせよと仰せです」
「わかったわ。始めなさい」
モモタナ様は幼い顔に似合わず厳しい声を出す方ですね。
「一人目。ルットディーナ伯爵。年齢は40半ば。配偶者は正妻リンデのみ。実子はおらず、家督は10歳年下の弟のモーリアの子、モーリスに譲る話が出ている」
うわぁ。開始5秒で4人の名前が出てきましたよ。
しかもモーリアとかモーリスとか後半ややこしいですね、全く。
「しかしルットディーナ伯爵と弟の仲は悪く、子のモーリスも女にだらしがないと評判が芳しくない。伯爵は養子をとることを検討しており、夜会に顔を出すことが増えた」
架空なのに設定細かいですね。
「二人目。未亡人リンナ。亡き夫は侯爵で、二人の間には成人した男児が二人。二人とも優秀ではあるが、双子ということが災いし、出世が阻まれているのがリンナの悩みである」
でしたら一人、ルットディーナ伯爵家に養子に出したらいかがでしょうか。
と、架空の人物相手に言っても仕方のないことではありますが。
さっきの奥様がリンデで、今回がリンナ。
あぁもう! 引っ掛け問題に直面している気分です!
「三人目、マゼット男爵夫妻。結婚後に若くして家督を相続。商才があり、近頃勢いを伸ばしている。現在は国内に物流拠点を広げることを中心にしているが、将来は貿易にも興味があり……」
「四人目、庶民の宝石商キール。今日は王城へ出入りする許可の伺いに来た。素行は良く、取り扱う宝石の質も良い。中でも国内でしか採掘できないローズガーネットの取り扱いが有名」
あぁもう覚えられなくなってきました。
こうなったらもうリンク法で無理やり覚えるしかありません。
三人目の男爵の貿易の足掛かりに、四人目の宝石商を紹介しましょう。
国内でしか採れない宝石なら、外国で高値で売れるでしょう。
私は脳内で勝手にストーリーを練り上げ取りこぼしのないように頭に刷り込む。
「五人目…」
「六人目…」
きつい。これは想像以上にきついです。
覚える量もすごいのですが、何が辛いって子守唄のようなガローロの声!
架空の人物ということもあり、興味を持てないせいでしょうか。
睡魔が少し顔を出してきましたよ。
唇を噛んで眠気を覚まそうにも、笑顔を称えたまま動くな、ですからね。
謁見、恐るべしです。
ぴったり2時間、ガローロは架空の人物の話をし続けた。
「ではテストをします」
どさりと紙を机に置かれる。
今の話を全部書き写すのでしょうからこの量は妥当ですが、うんざりしてしまいます。
「設問一 ルットディーナ伯爵の養子候補について私見を述べよ」
え?
テストって暗記問題じゃないのですか?
でしたら双子のうちどちらかですね。
「設問二 マゼット男爵の貿易構想について私見を述べよ」
あぁ。宝石商を紹介しようと思ってた人。それでいいか。
「設問三……、設問四……」
10個に及ぶ出題がなされた。
私はまず結論を書き、後ろに理由を述べてゆく。
カリカリカリカリ。
ガラスペンをインクに浸してひたすら書く。
私の脳内のリンク法、もとい妄想を駆使して問題解決法を記述していく。
「そこまで」
どのくらい書いていただろうか。
白紙だった紙はびっしりと文字で埋め尽くされていた。
「本日の講義はこれで終わりです。お疲れ様でございました」
ガローロは私とモモタナが書き上げた答案を手にすると講義室を出て行った。




