決着
「カンサム公のところへ行く」
「私も行きます」
「リシリアが悪者になることはないだろう」
「ノアの想いを終わらせるのは、私でなくては卑怯でしょう」
「強いな」
私とアルバートはノアの部屋へ向かった。
「殿下、こちらにいらっしゃるとは。それにリシリアも」
ノアは扉を開けると何かを悟ったように言った。
「カンサム公、話がある」
「僕にですか? 勿論お伺いしますよ。それで、リシリアは何?」
「私もノアに話があるの」
ノアは扉を大きく開けた。
「中へどうぞ。立ち話するような内容でもないんでしょう?」
私たちは応接セットに掛けた。
「そういえば殿下。近々ご婚約されるそうですね。おめでとうございます」
ノアが先制とばかりに言った。
「あれは私の意思で止めている。正式に決まったわけではない」
「そうなのですか? ではまた決まった時にお祝いを申し上げます。それはそうと――」
ノアは優しく微笑んだ。
「僕、リシリアに求婚したのです。祝福してくださいますか?」
「それは出来ん相談だ」
「なぜです」
「相手がリシリアだからだ」
アルバートに言わせては駄目だ。
私が言わないと。
「ノア、私『王妃教育』を受けること、正式に決まった。私はノアとは結婚しない」
ひとつひとつ、確実に言葉にする。
もう期待させたり、少しだって望みを持たせることがあってはいけない。
「ノックス殿が言ってただろ? そんなのリシリアが不幸になるだけだ」
「カンサム公、私はリシリアを不幸になどしない」
「殿下、貴方は生まれながら王子で何でも手に入る。なぜリシリアにこだわるのです」
「なぜリシリアが良いか? それは貴殿もよくわかっているだろう」
ノアの表情がわずかに崩れる。
「私はアルバートを愛しているの。縁談を撤回してください」
「僕だってリシリアを愛してる。子どもの頃から、ずっと」
「ノアにはこれまで何度も助けられた。感謝もしてる。でもノアのもとには行けない」
「割り切って、愛のない婚姻を結んでいる人なんてたくさんいるよ」
「でも私は好きな人と結ばれたいと思う」
もうこの気持ちをなかったことになんて出来ない。
窓から差し込む強烈な西日はいつの間にか落ちていた。
窓の向こうの闇が日没を知らせた。
「殿下は、僕の大切なものを奪うのですね」
「私にとっても大切なものだ」
「ですが殿下は他にも持っているではありませんか! 地位も、栄誉も、この国全てを!」
「羨ましいのならくれてやる」
「何を言って――」
「将来は執政補佐官になるのだったな」
「は、はい」
「貴殿になら簡単なことだろう。色恋に耄碌して、満足に執務もこなせぬ不出来な王。そう一計を案じれば良い。実権を握るなどたやすいぞ」
「なっ! 何を言ってるんだ!」
「私は本気だ。欲しければくれてやる。だがリシリアは渡さない」
ノアは力が抜けたようにソファーにもたれた。
「殿下の想いはそれほどですか」
「あぁ」
「絶対に泣かせないと誓いますか」
「誓う」
「もし泣かせるようなことがあったなら僕が攫います」
「胸に止めておこう」
ノアは私を見た。
「縁談は取り下げる」
「ノア!」
「諦めることには慣れてるんだ」
優しい顔で笑うノアを見て、不意に涙がこみあげる。
視界が滲む。
「リシリア、幸せになって」
「うん」
「幸せになれなかったら、その時は僕が行くから」
「貴殿もしつこいな」
「何年思い続けていたと思うんですか。それをぱっと出てきた殿下に取られたんじゃ、夜も眠れませんよ」
「そんな私に忠誠を誓えるか? 私の下で働けるか?」
「そんなもの、生まれる前から誓っています。カンサム公爵家の名に恥じるようなことはいたしません」
「結構」
男の人ってわからない。
アルバートとノアは笑顔で握手をしていた。
私は涙が流れ落ちないよう、必死で耐えているって言うのに。
「カンサム公、今夜は飲むか」
「は?」
「夜も眠れないのだろう」
「そうですね」
「リシリアの子どもの頃の話でも聞かせてもらおう」
「お断りします。僕だけの思い出だ」
「言ってくれる」
「まぁ、これくらいは」
意味がわかりません。
何が楽しくて二人とも笑っているのでしょうか。
怪訝な私の目に気付いたのか、ノアが私を見て言った。
「殿下、リシリアを部屋へ。今回のことで随分困らせましたから休ませてください」
「そうだな」
「お酒の準備をしてお待ちしていますよ」
「あぁ、すぐに戻ろう」
「アルバート、何を考えているのですか」
目と鼻の先だが、私は部屋に送ってもらった。
「臣下との親睦を深めてくる」
「さっきあんなことがあったのにですか?」
「それはそれだ。割り切るのも仕事のうちだろう。本当にあれは頭が良い」
「意味がわかりません」
「ならば考えずに休め」
「……」
「愛している」
アルバートは私の額に優しくキスをした。
ノア、ついに退場です。お疲れ様でした。(切ない)




