不穏
アルバートは私の部屋の前まで無言だった。
その並々ならぬ気配に私も何も言えなかった。
「悪かった。あの日もこうして送ってやればよかった」
ぽつりと言った声に悔しさが滲み出る。
胸が痛い。
「アルバートのせいではありません」
「何を言う。全て私のせいだろう。私がリシリアを見初めたせいで――」
その時廊下の向こうから人の気配がした。
「入りませんか」
「あぁ」
私は扉を開ける。
私が先に入り、アルバートが後に続く。
背後でパタンと扉の閉まる音がした。
「リシリア!」
その瞬間、私はアルバートに後ろから抱きしめられた。
「ア、アルバート?」
「すまない」
振り絞るような声だった。
私はそっとアルバートの腕に触れる。
「もう大丈夫です」
「だが私の気が済まない」
「では次は守ってください」
なだめるように、出来るだけ落ち着いた声で言う。
「次などあっては困る」
「ふふ、そうですね」
「ずっと閉じ込めてしまいたい」
「何を言うのです。そんなに不安にならずともよいのですよ」
私はアルバートの腕をほどき向かい合った。
「お前を手に入れたと安心していたが、やはりダメだな」
「何がダメなのです」
「もっと欲しい」
「っ!」
アルバートは唐突にキスをした。
本能を剝き出しにした瞳に動けなくなる。
「誰にも手の届かないところへやりたい」
大きな手が強引に私の顔を包み込む。
「どこにもまいりません。ずっとお傍に」
「カンサム公のところにもか?」
!!
「え、縁談はお断りしました」
「してやられた。あれは頭がいいからな。お前を手に入れる一番効果的な方法とタイミングを図ったのだろう」
「それが、今なのですか?」
「あぁ。城では今、厄介な話が進んでいる」
「温室でも仰っていましたね」
嫌な胸騒ぎがする。
「私に、新たに婚約者を迎える用意がなされている」
「っ!」
ショックのあまり言葉が続かなかった。
お父様もそんなことを言ってた気がする。
でもアルバートが他の誰かと婚約だなんて信じられなかった。
「それを阻止するのに忙しくしていた。それを言い訳にするつもりはないが、リシリアをきちんと見ていなかった。叔父上のことも、カンサム公の動きのことも」
「婚約は……婚約は阻止出来たのですか!?」
「私は必ずリシリアを迎える」
歯切れの悪い返事だった。
「お相手は誰なのです!」
「北東にある小国エーコットの第一王女、モモタナだ」
「王女、様?」
そんなの敵うわけない。
私は確かに筆頭公爵家の娘。
でも王女だなんて、格が違いすぎる。
「リシリア、何があっても私を信じろと言ったろう」
アルバートは強く私を抱き寄せた。
「でも、そんな、王女様だなんて」
隣国の王女との婚約。
それは好き嫌いで成立したり反故に出来るものではない。
それは強力な外交手段であり、国の存続に関わること。
「安心しろ、まだ婚約は成立していない」
「私は身を引かねばならぬのですか」
「引けるのか?」
アルバートは悲し気に笑った。
引けるわけない。
「引きません」
「私も引かない。幸い城には私の味方もいる」
「味方?」
「あぁ。さっき『王妃教育』の許可を出したのは誰だ?」
「ザラ様が……」
「母上はお前にご執心のようだ」
アルバートは私の頭を優しく撫でた。
「私、誰からも認められるよう、頑張ります」
「リシリアは加減を知らんからな。あまり心配させるなよ?」
「ここは無理をするところでしょう」
「情熱的だな」
「誰にも譲りません」
「それは私の台詞だ」
「んんっ!」
アルバートの唇が私の唇を覆った。
「愛している、リシリア」
「わ、わたっ、しも! ふっ、んっ!」
激しく求められて、私は思わず立っていられなくなる。
それでもアルバートは私の腰を支えて強引にキスを続けた。
甘くて、苦しくて、切なかった。
上手く言葉に出来ない感情を、口付けにぶつけているみたいだった。
唇の端から漏れ出る息の音だけがした。




