セレナの婚約者
一通り泣いて顔を上げる。
泣いて解決になるなら泣けばいい。だけどそうじゃない。
とにかく話をしなくては。
まずはノアと。
私はさっと服を整え、顔を拭いて部屋を出る。
「あら、リシリアじゃない。ごきげんよう」
「セレナ、ごきげんよう」
廊下でセレナに出くわした。
「ひどい顔ね」
「そう。見苦しくてごめんなさい」
「何かあった?」
「あった。今から話をつけに行く」
「貴女……ちょっと付き合いなさいな」
私はセレナの部屋に押し込まれた。
「セレナ! 私急いでるの!」
「そんな怖い顔してまともな話が出来るの?」
「まともじゃなくてもいい」
ノアとは友達ですらなくなるかもしれない。
だけど、はっきり言わないといけない。
縁談が本当なら、こんな騙し討ちみたいな形ひどい。
「いつもの貴女らしくないわね。面談で何かあった?」
その言葉にドキリとする。
「どうしてそう思うの」
「貴女の次が私の番だったから。私、面談の帰りなの」
「そう」
「午前はそんな雰囲気じゃなかったし、何かあったのなら面談でしょう」
私は観念してセレナの部屋のカウチに腰掛けた。
「王妃教育を希望したけど向いてないって言われた」
「そう。だから何?」
「何って……」
「私ね、婚約したのよ」
「セレナが? いつ」
「学園祭が終わったくらい。お父様から手紙と荷物が届いたの」
「知ってる人?」
「いいえ。辺境伯で、かなり大きな領地を治めてるそうよ」
知らなかった。
私が進路に悩んでいた頃、セレナは見ず知らずの辺境伯と婚約していたのか。
「私ね、進路は機械農業にしたの」
「の、農業?!」
「らしくないでしょ」
セレナは意地悪そうに笑った。
この状況を楽しんでるみたいに。
いつもきれいなものに囲まれて、典型的なお金持ちのお嬢様で、自分で出来ることなんてほんのわずかのセレナが。
「セレナはそれでいいの?」
「嫁ぎ先の領地はね、先端の機械農業を取り入れていて、農産物の生産量が国で一番だそうよ」
「セレナと土のイメージが結びつかないし、機械だってそうよ」
「それはやってみないとわからないでしょう。彼の役に立ちたいからやるだけよ」
「好きなの? その人のこと」
会ったこともない辺境伯。
慣れない田舎暮らし。
セレナはそれでいいのだろうか。
「父の送ってくれた荷物の中に、彼の作った野菜が入ってた。丁寧で、きれいで、美味しくて、こんなものを作れる人ならきっと素敵な人だと思ったわ」
セレナははにかんで見せた。
「そっか。セレナは幸せなのね」
「えぇ」
「おめでとう」
私がそう言うと、セレナはふっとため息をついた。
「そんな辛気臭い顔で言わないでちょうだい。私だって農業が向いてないことくらい100も承知よ。でもね、やるの。やりたいからやるの。向いてない? 何よそれ。リシリアはそれくらいで諦める女だったの?」
「ち、ちが!」
「ならしゃきっとしなさいな! やりたいことは決まっているのでしょう?!」
頭を殴られたような気分だった。
私の想いはただひとつ。
大好きなアルバートの隣で生きていくこと。
「ありがとうセレナ。私行くわ」
冷静さを取り戻す。
「いってらっしゃい」
セレナは胸の前で手を振った。
「リシリアです。ノア、少しいいですか」
私はノアの部屋を訪れる。
「やぁリシリア。部屋に来るなんてどうしたの?」
ノアはいつもと変わらない優しい笑顔で私を迎えた。
「話があります」
「入りなよ」
「いえ、外で。男性の部屋に二人でいるなど誤解を招きかねません」
これ以上隙きを作るわけにはいかない。
「誤解、ね」
「縁談の話、聞きました」
「なら話は早いじゃないか。入りなよ」
「どういうつもりです、ノア」
「どうもこうもないよ。言ったろ、僕がもらうって」
「ノア!」
「リシリア、大きい声を出すんじゃない」
奥から聞き慣れた声がする。
「ほら、部屋で二人きりじゃないだろ? 入りなよ」
ノアが大きく扉を開けた。
「なんでここに、お父様が」
「縁談を申し込んだら、直々に話を聞きにいらしたんだよ」
なんてことだ。
そこまで進んでいたのか。
「リシリア、入りなさい。そんなところでみっともないだろう」
父は静かな声で言った。
「失礼いたします」
私はノアの部屋に足を踏み入れた。
短編「世間知らずな王女様は側近騎士に恋をする」を掲載しました。
そちらも読んでいただければ幸いです。




