冬の日の誓い
「リシリア、いるか」
扉の向こうで声がした。
はやる気持ちを抑えて静かに扉を開ける。
「アルバート、おはようございます」
「おはよう」
アルバートは口元をほころばせて言った。
「ふふ、随分とお早いお迎えですね」
「そういうリシリアこそ準備は万端のようだが?」
「はい、楽しみで早起きしてしまいました」
「私もだ」
私たちは同時に笑った。
「今日はどちらへ」
私はアルバートの半歩後ろを歩きながら訪ねた。
「温室を開けておいた」
「暖かそうですね。どちらにあるのですか?」
そんな場所あったけ。
前世のゲーム上にも出てきたことはなかったし、リシリアとしても行ったことがない。
「礼拝堂のさらに奥にある」
「そんなところに」
木々に囲まれた礼拝堂。
普段は誰も来ないとても静かなところだが、さらにその奥とは。
見つけられなくて当然です。
「あそこは王族直轄の施設だからな。知らなかっただろう」
「はい。全く」
「冬場に礼拝堂に飾る花はそこで育てている」
「そうなのですね。存じませんでした」
廊下を抜けて外へ出る。
土のところどころに雪が積もっていた。
まだ誰にも踏み荒らされていない真っ白な新雪は、キラキラと朝日を反射させた。
「静かだな」
「まだ皆寝ているのですよ」
冴えた空気が肺に落ちる。
この気持ちが引き締まる感じ、冬の朝は好きだ。
「休みの日くらいゆっくり眠りたい気持ちもわからんではない」
「でも早起きしてしまいましたね」
「互いにな」
アルバートは私の方を振り返ると、手袋を外して私の手を握った。
「あのっ」
「誰もいない。いいだろう」
「……はい」
私はその手をそっと握り返す。
「リ、リシリア!?」
「?」
「い、いや。予想外の反応で少し驚いた」
アルバートの頬が赤いのは寒さのせいだけじゃないだろう。
「素敵ですね」
私は思わず息を飲む。
温室は六角形になっていて、高い天井は鉛筆みたいに尖っていた。
人工的に作られた細い水路が段になって張り巡らされ、段ごとに色々な花が咲いている。
さっきまで雪の世界にいたからだろうか、赤や黄色やオレンジの鮮やかな色に目が奪われる。
生き物の美しさを改めて感じずにはいられない。
「座るか。二時間後にシーラが呼びに来る」
シーラ。
アルバートの部屋付きの侍女ですね。
以前デートのお支度をしてもらったり、礼拝堂ではナイスアシストをしてくれた気の利く侍女さんです。
私たちはコートを脱いで、手ごろなベンチに腰掛けた。
深呼吸して気持ちを整える。
私は覚悟を決めて口を開いた。
「アルバート王子殿下、お話がございます」
「そう改まる話か」
アルバートは私の雰囲気を察して真面目な顔になる。
夜会の日からずっと考えていたこと。
私の進路のこと。
「今更こんなことを申し上げるのは都合が良すぎると思われるでしょうが……」
「構わん」
「アルバートと一緒にいるとこれ以上ない安らぎを感じます。私の居場所はここだと、愛しい人の隣だと、そう思うのです」
夜会の日に気付いた自分の居場所。
誰の隣でもない、アルバートといるときだけ感じる安心感と充足感。
パズルのピースがしっくりはまったような、そんな感覚。
「私も同じ気持ちだ」
アルバートは震える私の指に手を重ねた。
「あの、私、私は」
緊張で言葉が詰まる。
「ゆっくりでいい」
慈しむような声色に、指の震えが止まる。
アルバートの青い瞳はじっと私の言葉を待った。
「進路選択で、私は、王妃教育を受けたいと思っています。この先の将来を、アルバートとともに生きたい」
学生の間だけの恋愛ごっこではない。
ずっと一緒にいるために、私は私のすべきことをする。
アルバートが今、将来に向かって努力しているように。
「待っている。リシリアを妻に迎える日、私は次期国王に相応しい男になって、そこにいよう」
「はい。私も殿下に相応しい女性になります」
温かい涙が流れた。
二人の誓いを、ただ花たちだけが祝福していた。




