夜会(フランシス先生)
「今夜は部屋まで送れないが平気か?」
「えぇ。素性を知らないことになっているのに、部屋を知っていては趣向に合わないでしょう」
私はアルバートと別れの挨拶をする。
「変な男についていくんじゃないぞ」
「そんなことしませんよ」
「ならいい。私はもう少し残る。こんな場でしか話せない者もいるしな」
アルバートは王子ですからね。
素性を隠して話せる機会はそうありません。
最も、素性を隠せているかは甚だ疑問ではありますが。
「ではまた。ゆっくり休めよ」
「はい。おやすみさい」
私は人波に消えるアルバートの背中を見送った。
夜会の雰囲気もまどろみ始める。
眠気と戦いながらも学園祭の夜を最後まで楽しもうとする者たちが、グラスを片手にソファーに沈む。
私はその間を縫って出口に向かう。
「失礼、少しいいですか?」
銀色の仮面をつけた男が私の進路を塞いだ。
「私、ですか?」
「はい。貴女です」
「申し訳ないのですが、これから部屋に――」
そこまで言って言葉を飲み込んだ。
その男の胸には黄色いバラが差さっていた。
「少しお話を」
フランシス先生であろうその男はそう言った。
先程のことを叱りに戻ってきたのだろうか。
だったら私に拒否する権利はない。
「はい」
「では行きましょうか」
フランシス先生は私の背中に手を回しエスコートする。
うぅ、胃がキリキリします。
「こちらの部屋で話しましょうか」
フランシス先生が暗幕をめくると扉が隠されていた。
ドアノブが回される。
私は痛む胃を押さえながら扉をくぐった。
パタン。
扉が静かに閉まる。
「いけない子ですね」
フランシス先生はそう言うと私の仮面を暴いた。
「!?」
カランという音とともに仮面が落ちる。
そして次の瞬間すごい力でドアに押し付けられた。
「こんな真夜中に男に誘われて部屋に入るとは」
「フ、フランシス先生っ! やめてください!」
「誰ですかそれは」
黄色いバラの男は不敵に笑った。
「先ほどのことを叱りに来たのではないのですか!? どうしてこのようなことを!」
「さて、わかりかねますね」
男は舐めるような目で私を見る。
「ならば用はありません! 帰してください!」
「話を、といったでしょう?」
「お叱りだと思ったからついてきたのです。先生だから――」
「教師は安全だと?」
その冷たい目に筋肉がこわばり身体が硬直する。
「兄は胸に黄色のバラを差しているから、近付いてきたら避けてね?」
マルモ様の言葉が脳裏に浮かぶ。
きちんと忠告を受けていたじゃないか。
「変な男について行くんじゃないぞ」
アルバートの別れ際の言葉に涙が溢れる。
助けて。
「泣くことはありません。大人の嗜みを教えて差し上げるのです」
「いりません! 誰かっ、助けてっ!」
「とても楽しいですよ。あっという間に貴女も夢中になる」
「嫌っ! 離してっ!」
私は力いっぱい抵抗するが、押さえつけらえた腕はびくともしない。
「そんなに暴れると痛いでしょう。赤くなりますよ」
「ならば離しなさい!」
「強がっても泣き顔では、男をその気にさせるだけですよ」
「嫌っ! アルバート! 助けて!」
男の手がぴくりと動いた。
「ふむ。不特定多数に対して交友関係が乱れているというわけではないようですね」
「お願い、帰して」
私は涙でぐちゃぐちゃの顔で、喘ぐように肩を上下させる。
苦しい。息が出来ない。
ドンドンドン!
「リシリア様! こちらですか!? どうかなさいましたか!?」
「おや、助けがきてしまいましたか」
男はパッと手を離した。
扉が開かれ私はそのまま後ろへ倒れる。
「リシリア様っ」
私を抱きとめたのはアンジュだった。
「お嬢さん、そちらの方は体調が優れないご様子。送って差し上げてください」
男は丁寧にそう言った。
「あなた、リシリア様に何したの」
「少しお話をしようと誘っただけですよ」
「嘘、こんなに震えて」
「可愛らしいレディが睨むものではありません。では私はこれで」
「待ちなさい!」
立ち上がろうとするアンジュの手を掴む。
置いていかないで。
そう言おうとしたが声が出なかった。
「リシリア様、お部屋に帰りましょう。私がいますからね」
アンジュは私の背中を優しくさすった。
力が抜けた私は、ただ茫然とアンジュの胸にもたれかけた。




