夜会(揺れる心)
熱気に包まれたダンスホールとは対照的に、冷えていく私の身体。
何を嫉妬しているんだろう。
4月、私はアンジュをアルバートと踊れるくらいにすると誓った。
そして今、アンジュはダンスホールの真ん中で、堂々とアルバートと踊っている。
小さな足で踏むステップ、ぴんと伸びた背筋、あどけなさの残る口元の微笑。
アンジュは髪を揺らし、身体を預けて優雅に舞う。
それはどこから見ても可憐な令嬢だった。
私が気後れするほどに。
トン。
私の右肩が何かにぶつかる
「し、失礼いたしました」
「らしくないわね、リシリア」
「えっ」
「私よ」
声の主はちらっと仮面を上げて素顔を見せた。
思わず後ずさってぶつかったのは、斜め後ろにいたセレナだった。
「あの子、上手くなったじゃない」
「えぇ、本当に」
「可愛いわね」
「……そうでしょう」
アンジュを褒められたというのに、手放しで喜べない自分がいる。
「でも殿下にはリシリアの方が似合うわ」
「さぁ、どうかしら」
アンジュとアルバートはまるで初々しいカップルのよう。
見ているだけで胸がこそばゆくて、顔がほころんでしまう。
そんな感じ。
「殿下とリシリアが並んだ時の、絵面の破壊力ったらなくってよ」
「ぷっ。何、破壊力って」
私は思わず噴き出す。
「技術は練習でどうとでもなっても、その気品とオーラは貴女だけのものじゃなくて?」
「今夜はどうしたの? そんなに褒めるなんて」
「明日には全て忘れるんだから、今日くらい褒めておこうと思って」
セレナはそう言いながらも高慢そうな態度は崩さなかった。
でもそれはとても彼女らしくて、その気安さがむしろ心地よかった。
「ありがとう。でも忘れられないかも」
「だいたいダンスくらいで落ち込みすぎなのよ。卒業したら、死ぬほど夜会に出なくちゃいけないのよ。貴女そのたびにめそめそするわけ?」
「めそめそなんてしてません」
「いいえ、してたわ」
「してない」
「してた」
私たちは同時に噴き出した。
セレナがいて助かった。鬱屈した気持ちが少し晴れる。
「ほら、ダンスが終わるわよ」
セレナが顎を上げて言った。
アンジュとアルバートは互いに見つめ合ったあと、同時にお辞儀した。
まるでおとぎ話に出てくる王子様とお姫様だ。
「あ、あの! 一言よろしいでしょうか!」
拍手の前に、アンジュは大きな声を出した。
会場はしんと静まり返る。
「私、踊りました! 踊り切りました! 見てくださいましたか!?」
観衆はそれを聞いてぽかんとしていた。
ちゃんと見ていたじゃないか、と言わんばかりに。
「リシリアに言ってるんじゃない?」
セレナが耳打ちする。
おかしいな。
さっきまでの嫉妬はすっかり息を潜め、胸の中は温かいもので満たされている。
パチパチパチ。
私は小さく拍手を送る。
それに呼応するように、一斉に拍手が巻き起こった。
「ありがとうございました!」
アンジュはぺこっと頭を下げると、恥ずかしそうに暗幕と暗幕の間に姿を消してしまった。
一人残されたアルバートは苦笑していた。
これだからアンジュは憎めないのだ。
可愛くて、素直で、ヒロインの名に相応しい女の子。
「リシリア、行きなさいよ。あれじゃあ殿下が不憫だわ」
セレナが私の背中をポンと押す。
私が足を踏み出すと、観衆の輪はきれいに割れてアルバートまでの花道を作った。
胸を張って背筋を伸ばす。指先の一本まで隙のないように。
「もう一曲、いかがですか」
私はアルバートに微笑みかけた。
「光栄だ。是非お相手願おう」
アルバートは私の手を取る。
指揮者が我に返ったように指揮棒を振ると、音楽が流れ始めた。




