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悪役令嬢はパラ萌えされる  作者: ハルノ_haruno
1年生
67/160

夜会(ノア)

 会場は確かに薄暗かった。

 点在する間接照明だけがぼんやりと光を放ち、いつもフロアを照らしているライトやシャンデリアはその存在感を消していた。


 大ホールには所々暗幕が垂らされ視界が悪い。

 しかも背もたれの高いソファーがあちこちに置かれていて死角だらけだ。

 派手な衣装を身に着けた人が出てきたかと思うと消え、消えては現れ、何だか知らない世界に迷い込んだ気分。


 それなりに人は多いようで、ざわざわという声やグラスをぶつける音があちこちで聞こえる。

 焚かれた香の淫靡な香りにくらくらする。


「お飲み物をどうぞ」


 はっと振り返ると、いつの間にか後ろにウェイターがいた。

 銀色のトレーの上には、しゅわしゅわと泡の立ち上るドリンクがいくつも載っていた。


「ありがとう」


 私はローズピンクのドリンクを手に取る。

 何だか居心地が悪くて、細長いグラスを持ったまま壁際へ移動した。


 周りを見回したけれど、ぱっと見ただけでは誰が誰だかわからない。

 私も随分雰囲気が変わったし、きっとリシリアだと思う人はいないだろう。


 とんっ。

 私の隣にもう一人やってきた。

 くすんだシルバーの燕尾に身を包んだその男は、壁に背中を預けてふぅっと息を吐いた。


 背格好はノアと同じくらいだろうか。

 細身のシルエットが色気を醸している。


「やぁ、こんばんは」


 声もノアに似ているような。

 私はにっこり笑みを浮かべて会釈した。


「こういう場は慣れないので弱りました」


 私以外にもそう思っている人がいるのですね。少し安心です。


「私もです」

「その声……いや、名前を聞くのは野暮ですね」


 そうなのか。

 男性を見上げると、ピシッと固めてはいるが茶色っぽい髪が見えた。


「ノア?」


 思わず野暮なことを聞いてしまう。


「しっ」


 ノアは人差し指を口に当てて笑った。


「今日はそういう趣旨らしい」

「わかりました」


 仕方がないのでグラスに入った液体を飲み干す。

 甘ったるい香りが鼻に抜けたかと思うと、食道のあたりがカッと熱くなった。


「レディ、素敵なお召し物ですね」


 ノアは改めて言った。

 幼馴染から「レディ」と呼ばれるなんて、ちょっと笑ってしまう。 


「柄ではないのですが、そういう趣旨らしいので」


 私はノアの言葉を借りて返事をし、くすくすと笑った。


「似合いますよ。とても魅力的です」

「そちらこそ。大人っぽくて、何だか危険な香りがいたしますわ」

「僕が?」

「えぇ」

「あはっ、それは傑作だね」


 ノアも可笑しそうに笑った。





「そうだ、ノアは……じゃなかった、仮面紳士様は」

「ぷっ。仮面紳士様って何だよ」

「だって、呼び方が」

「もう、ノアでいいよ」


 いいのか。


「ノアは来年の専攻決めてるの?」

「うん、決めてるよ。というか、正確には生まれた時から決まってる」

「そうなの!?」


 アルバートといい、ノアといい、身分の高いご子息は大変ですね。


「執政補佐官。将来は王宮で殿下の補佐に当たるよ」

「そっか。ノアのお父様も王宮にいらっしゃるのよね」

「そう。だから家名のためにも頑張らないとね」


 ノアのこれまでの血の滲むような努力は国を支えるため。


 それに比べて私は何をすればいいんだろう。

 今まで国外追放エンドに備えることしかしてこなかったから、この国での将来なんてちゃんと考えたことなかったな。


「リシリアはどうするの?」

「うーん、ちゃんと考えてなくって」

「将来のこと? 噓でしょ?」

「いえ、本当に」

「こんなこと言いたくないけどさ、結婚はどうするの?」


 結婚。

 重い。


「それも、まだ未確定というか」

「僕はきっと、卒業と同時に婚約するよ。政治上、プラスに働く家の子と」


 衝撃の発言です。

 いえ、でも卒業時はもう18歳。

 公爵家の子女ともなれば、婚約者を迎えるのに遅いくらいです。


「そうよね……」

「リシリアのお父上も王宮に仕えているし、僕たちは幼馴染だし……いや、違うな。それもあるけど、僕はリシリアが好きで。妻に迎えたいと思っていたけど」


 その言葉にドキリとしてノアを見る。

 暗がりの中、仮面で隠れた表情は上手く読み取れない。


「リシリアには、他に幸せになりたい人がいるでしょ?」


 ノアの口調が少し怒気を含んでいた。


「あの、それは……」

「その道に進まないってこと?」


 それは王妃教育を受けるだとか、夏期講習で学んだ外交を深めるということだろうか。


「まだ、わからない」

「それなら僕、遠慮しないよ?」


 ノアは乱暴に私の手を取った。


「な、何っ」

「殿下との恋は学生の間だけのもので、リシリアに将来そのつもりがないなら――」

「ノア?」


 こんな雰囲気のノア初めてだ。

 私にはいつも優しいノアが、今はまるで怒った野生動物のよう。


「リシリアは僕がもらう」

「っ! ち、違うの」

「諦めるなんて、無理だったんだよ」


 ノアは跪くと、私の手の甲に接吻をした。



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