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悪役令嬢はパラ萌えされる  作者: ハルノ_haruno
1年生
62/160

通し稽古

 秋も深まってきた頃、いよいよ練習も大詰めになっていた。

 今日は全員揃っての通し稽古。


 私は座席の最前列で指揮を執っていた。





 大道具班による舞台セットは写実性を極めたものに仕上がっていた。

 舞台に立つとまるで本物の町の中にいるような錯覚を起こす。


「舞台に必要とされる華美さや豪華さはあえて捨てました」


 そう自信を持って言い切った大道具責任者の目にはただならぬ気迫があった。


「このミュージカルは実感として心に迫るものです。だからこそ『本物』を追求しました!」


 その言葉通り素晴らしい出来だった。





 衣装班は時代考察を踏まえた、丁寧なクラシックドレスを何枚も仕立てた。

 作製中、たまたま通りがかった歴史担当の先生が目を丸くする程だった。


「ただのドレスなんて誰でも作れますから!」


 胸を張った女生徒の指にはタコが出来ていた。





「小道具? 作品とおっしゃい。どこに行っても買えない一点ものばかりよ」


 公爵令嬢のセレナがそう言うならば、間違いなく素晴らしい品だ。

 




 真剣な皆の表情に鳥肌が立つ。

 私はスタートの合図をするのに柄にもなく緊張した。

   

「それでは通し稽古を始めます。用意、スタート」






 きっかり1時間で通し稽古は終わった。

 皆、額に汗を浮かべ、やり切ったことへの安堵の表情が見えた。

 それでも上手くいかなかったことはポロポロと出てきたのだが。


「全員客席へ、改善点を申し上げます」


 背筋を伸ばす者、前のめりな者、メモを用意する者、様々だった。


「まずは大道具。ライトを当てた時に、煉瓦の色が少し安っぽく見えました」

「確かに。赤みが強く見えました」

「もう少し落ち着いた色を足すか、エイジング加工を施すなどどうでしょう」

「やってみます」


「次に衣装ですが、ダンスの時に少々動きづらいものがあるようです」

「あ、思いました。裾上げが必要かなって。腕回りももう少し余裕がいるものもありますね」

「えぇっと、踊りにくいと感じた人、挙手をお願い出来る?」


 アンサンブル組の4人が手を挙げた。


「ありがとうございます! あとで調整させてください!」


「小道具班は耐久性を上げてください。多少雑に扱っても壊れないように」

「そうね。舞台上で花が落下するようなブーケでは困るものね」

「えぇ。ブーケ以外にもそれぞれ見直しを」

「承知したわ」


「それから役者班ですが……」


 私はアンジュの顔を見た。

 不安げな表情からして、本人もわかっているのだろう。


「第三幕、シシィの独白シーン。もう少し熱っぽく、情感たっぷりに表現してください」

「す、すみません」

「謝ることじゃないわ。本番までに仕上げれば大丈夫」


 シシィが誰もいない夜空の下で、たった一度きり、素直に愛を歌い上げるシーン。

 このシーンでの愛の告白が後の別離に効いてくる。

 ここは聞かせたいところだ。


「何だかシシィの気持ちがしっくりこなくて。どんな風に歌えばいいですかね」


 アンジュのその一言で、皆の視線が一気に私に集まった。


 ん?

 私、今何を期待されているのですか?


「リシリアさん、弾こうか?」


 私の返事を待たずにギュリオはヴァイオリンを構えた。


 ちょっと待って、私に見本をやれということでしょうか?


 無慈悲にも前奏が流れる。

 私のヴァイオリンがない分、音は薄い。

 でも歌うのに問題はない。


 私は腹を括って深く息を吸った。


 私はシシィ。

 瞳にはアルバートだけを映して歌を紡ごう。

 愛しいアルバートを想いながら。


「幾千の星よ、聞け。私の愛はお前たちよりも強く輝き、この胸を満たす」


 アンジュの顔色がみるみる変わる。

 アンジュだけじゃない、皆一様に口を開け、目を見開いた。


 一小節、また一小節と歌が進むにつれ、目頭を押さえる者がいた。

 宙を見上げる者がいた。

 微動だにせず、ただ透明な雫をこぼす者もいた。


「愛に身を焦がし、涙の泉に沈んでも、この愛だけは決して変わりはしない」


 最後まで歌い上げヴァイオリンの音が鳴りやむと、ホールには静けさだけが残った。


「リシリア様……感動しました」

「アンジュ?」


 アンジュはいつの間にか立ち上がり、胸の前で両手を握りしめてした。


「あの! リシリア様が歌うというのは駄目ですか!?」


 は?

 駄目に決まっているでしょう。


 そう言おうとした矢先にホールは割れんばかりの拍手に包まれた。


「何てお上手なんでしょう!」

「本当、ぐっと感情移入してしまった」

「ちょっと、みんな!」


 何を考えているのですか!


「ダブルキャストっていうもの目新しい試みですね」


 遥か後方でそう言ったのはフランシス先生だった。


「あ、いいかも。シシィが本音を語る時はリシリアさんが出て、それ以外はアンジュさん」

「ギュリオまで、何を言ってるのですか」

「もともとそういうイメージで書いた。一心に愛を貫こうとする人格と、それを否定する人格。相反する複雑な気持ちがシシィにはある」

「で、ですが」

「わぁ、私とリシリア様、二人で一人ってことですか? 素敵です!」


 アンジュまで何を言うのです。

 あなたはアルバートと共にダブル主演なのですよ。


「ですがこれはくじ引きで公平に決めた配役。ダブルキャストとは言え、今更アンジュ以外の者がシシィになるなんて誰も納得しな――」


 あ、みなさん納得されてますね。


「あんなに心に迫る歌を聞かされたら反対なんてする人いないわ」

「というか、元からオーディションにしておけばリシリア様に決まっていたかも」

「何ならリシリア様なら立候補でも受け入れたわよね。殿下の相手役ですもの」


「え、演奏はどうするのです。私はその幕、ギュリオとヴァイオリンを弾いているのですよ」


 ヴァイオリンを弾きながら歌うなんて出来ない。

 でもギュリオの書いた曲を弾きこなせる者がいるとも思えない。

 ギュリオは私の力量を見て作曲しているのだ。


「ヴァイオリンなら少し覚えがある」


 そう言って立ち上がったのはアルバートだった。


「リシリア、借りるぞ」


 アルバートはヴァイオリンを構えると、ギュリオと視線を交わした。

 二人は頷くと、同時に弓を引いた。

 

 男性らしい力強いスピッカート。

 大きな手で巧みに弾くピチカート。

 そして何より音が重く厚い。

 間違いなく私よりも上手い。


 王子役の衣装を着たまま、腕を行き来させる姿は美しい以外の何物でもなかった。

 その悩まし気な顔つきも、動きに合わせて揺れる金の髪も、誰しもが目も耳も心も奪われた。


 というか、いつのまに譜面を覚えたのだろうか。

 強弱も音を切るタイミングも、全て完璧だ。


「ギュリオ、私の演奏では不満か?」

「いいえ殿下。理想通りです」

「そうか。皆が認めてくれるならばこの曲は私が演奏をしよう」


 同意の拍手が温かく鳴った。


「アルバート、そんな勝手に……」

「私は出ない幕だ。問題ないだろう」

「そういう問題では」


「リシリア様っ! 一緒に頑張りましょうねっ」

「監督っ! 応援してます!」

「俺たちも力になりますから!」

「さっそくリシリア様の衣装に取り掛かりましょう!」


 この雰囲気、拒否することなど絶対に出来ません。

 本番まで残り1週間。

 このムードを壊すことは監督として絶対にやってはいけないこと。


「皆、よろしくお願いします」


 私はアンジュの手を取り、客席にいる皆に微笑みかけた。


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