大先生の告白
「リシリアさん、出来たよ」
放課後譜面を持って駆け寄ってきたのはギュリオだった。
「こ、これはまた。難解な曲を書きましたね」
「思いを詰めてみた」
変拍子に転調、速弾きに複雑な指使い。
ギュリオ、貴方の心の中は一体どうなっているのですか。
「骨が折れそうです。ですが良い曲ですね」
「弾けそう?」
「練習します。ピアノパートはラッタとナナで良いですか」
「うん、もちろん」
「大先生! 新しい譜面ですか?」
「最終章のやつですよねっ? わぁ、ピアノパートもある!」
ラッタとナナが声を弾ませてやってきた。
「ピアノは二人に任せる」
「嬉しいです! ね、ナナ!」
「はい、大先生の曲、好きです!」
「二人は上手いから、合わせるのが楽しみ」
ギュリオは不愛想に言った。
褒めるなら少しくらい笑えばいいのに。
「キャー! 褒められちゃったー!」
「さっそく練習室にこもってきまーす!」
まぁラッタとナナは喜んでいるのでいいとしましょう。
他のパートもそれぞれ割り当てられた部屋に移動する。
「じゃあ私たちも新譜の練習に取り掛かりましょうか」
「あ、ちょっと待って」
「?」
人の少なくなった教室で、ギュリオはアルバートの元へ歩み出た。
「殿下、話があります」
「ギュリオか、何だ?」
「俺、リシリアさんのことが好きです」
え!?
急に何!?
そしてなぜアルバートに告白した!?
「そうか。それで?」
アルバートは関心なさげに聞いた。
「数日は二人きりで練習だから」
「貴殿は練習に乗じてリシリアに手を出すなどしないだろう」
「そんなことしません。神聖な音楽の場で、そんな、手を出すなんて」
「ならば練習に励めば良い」
「何だか、言わずに二人きりでいるのはずるいと思って」
俯くギュリオと呆れた様子のアルバート。
そして当事者のはずなのに蚊帳の外の私。
「リシリアが誰を好きになるかなど、リシリアが決めること。もしその数日とやらでリシリアがギュリオを選ぶようなことがあれば、それはそれだ」
それはそれ、なのですか。
なんかムカつきますね。
恨めしい顔をしていたのがバレたのか、アルバートは私の方を向いた。
「リシリアの想い人の座を、他人に明け渡すつもりなど毛頭ないがな」
もう、何なんでしょうこの人は。
その顔で無駄にかっこつけないでほしいです。
「殿下は、余裕、ですね」
ギュリオはあからさまにテンションを下げた。
「貴殿の音には余裕がないな。だがそれがいい。極限の音が人の心を揺さぶる」
「そんなこと、初めて言われました」
「私は貴殿の音楽を評価している」
「本当ですか?」
「あぁ。貴殿さえよければ、卒業後は宮廷音楽家の席を用意させる。新しい曲も仕上がるのを楽しみにしているぞ」
「は、はい!」
「ではなリシリア」
「練習後に様子を見に伺います」
「来ずとも良い。役者班には私がいる。それよりも演奏に集中するんだな」
「承知いたしました」
私はアルバートを見送った。
ギュリオは人がいなくなった教室でぽつりと言った。
「リシリアさん、俺は自分の想いが叶うなんて思ってないよ」
「ギュリオ。気持ちはありがたいのですが」
あなたのそれも、パラ萌えなのですよ。
「だけど、この音楽を生み出せたのはリシリアさんがいたからだ」
「ギュリオの実力ですよ」
「一人で閉じこもって弾いていただけの音楽が、ラッタやナナにも楽しみにしてもらえて、殿下にも褒めてもらって、本番ではたくさんの人の前に出る」
「そうですね、早く皆に観てもらいたいですね」
「ありがとう」
「いいえ。お礼を言うのはこちらです。ギュリオがいなければ出来なかった」
ギュリオは顔を上げてはにかんだ。
「練習、しよっか」
「そうですね、とびっきり人の心を打つ演奏をしましょう」
「終演の、最後の一秒まで、リシリアさんのことを好きでいてもいいかな」
「ギュリオの心はギュリオだけのものですから」
「そっか」
「はい」
私とギュリオは固く握手を交わした。




