中庭での出会い
うーん、早いところヒロインを探さねばなりません。
入学式の日ってどんな行動してたっけ。
クラス分けのあと、チュートリアル代わりのオリエンテーションがあって……。
「あっ、迷子イベント!」
学生寮は貴族棟と庶民棟に分かれている。
ヒロインは初日、寮に帰る途中に間違って貴族棟の中庭に迷い込んでしまうんだった。
そこでアルバート王子と出会って、庶民棟の寮まで送ってもらう、って流れだったかな。
「こうしてはいられません、ヒロイン探しに出発です」
私は気合いを入れて寮の中庭に向かった。
「しっかし広いな」
迷路のように入り組んだ植栽は、さながらアリスに出てくるハートの女王の庭のようです。
ところどころに現れるテーブルセットは密会にはピッタリって感じ。
私は角を曲がった先のベンチに腰掛けた。
やみくもに動いても見つからないし、むしろ自分が迷子になりそうな気もする。
その影からひょっこり現れてくれたらいいのに。
そんなことを考えていると、本当に人影が現れた。
「リシリアか。また会ったな」
「ア、アルバート殿下!」
ちょっと!
私と会ってどうするんですか!
「こんなところで何をしている」
「えっと、少し散策と休憩ですわ。殿下はなぜこちらに?」
「少し一人になりたくてな」
「そうですか!」
王子様ともなれば、人が集まってきて大変ですものね!
どうぞどうぞ、私などに構わずお行きになってください!そしてヒロインとばったり会っちゃってください!
「私も少し休むとするか」
そう言ってアルバート王子は私の隣にすわった。
「え?」
「何だ」
これではまるで私たちが密会しているようではないですか!
まずいです。いけません。
「い、いえ。では私は失礼いたします。どうぞごゆっくりーー」
そう言って立ち上がろうとした時、不意に手首を掴まれた。
ごつごつとした男性らしい大きな手だった。
「座れ」
仏頂面でアルバート王子は言った。
「殿下とならんで座るなど、身に余ります」
「私といるのは嫌か?」
「そ、そのようなことは決して」
「ならば命令だ。座れ」
「は、はい」
王子の命令とあっては逆らえないのが公爵令嬢の辛いところです。
あぁ、誰かに見られでもしたらどうしよう。
「やはりそなたといると落ち着くな」
「さ、さようですか」
「幼い頃から知っているからだろうか、文を長年交換していたからだろうか。とても気安いのだ」
「こ、光栄ですわ」
「口では光栄と言うのに、なぜ私を嫌う」
「殿下はたくさんの女性に好かれていらっしゃいますものね。羨ましいことですわ」
「はぐらかすな」
「っ!」
アルバート王子は私の髪に指を通した。その指先の熱に思わず胸が震える。
私だって悪役令嬢なんかに転生してなかったら、貴方を好きになったでしょう。
「お、おやめください」
「葉がついていただけだ」
すっと手を引き抜くと、小さな葉っぱを手に載せていた。
「あ、ありがとうございます」
私ったら、勘違いして恥ずかしい。
「妻にと思っていた女が触れられる距離にいるのだ。本当に触れようと思うなら、このくらいで済むわけがなかろう」
「なっ」
「そう顔を赤らめるな。期待するぞ?」
「ち、ちが!」
王子様に迫られて赤くなるなという方が無理です。
そんな私を見て、アルバート王子はくすくすと笑った。
「あぁ、まだ100枚ほど葉がついているな? 動くなよ?」
「ちょっ! 嘘でございましょう!」
「はは、さぁじっとしろ」
「も、もう。おやめください」
かさっ。
その時植え込みの向こうから長い黒髪の女性が現れた。
「ひゃっ! し、失礼しました」
おそらく彼女だ。
よりにもよって、こんなシーンを見られてしまうなんて。
「ま、待って! 誤解なのです! 貴女、お名前は?」
「アンジュと申します」
ひどくぎこちない様子でアンジュは淑女の礼をした。