強行
日曜日の朝。
昨夜の興奮のせいか、いつもより早く目が覚めた。
ふかふかのベッドにもう一度潜り込んだが眠れそうにない。
というか、何もせずにいたら色々と思い出して顔が燃えそうになった。
そういうわけで仕方なしに本を読んで過ごしていると、不意にノックの音がした。
「失礼いたします、リシリア様」
扉を開けるとパリッとしたメイド服を着こなした女性が立っていた。
まだ朝も早いというのにその姿には一分の隙もない。
使用人ではあるが、その中でもかなり高位であることは明白だった。
「リシリアは私ですが。何かご用でしょうか」
今日はランドリーメイドも頼んでないし、食事のルームサービスを手配した覚えもない。
掃除はいつも自分でしているから不要だし、一体何だろう。
「私、王宮付き侍女のシーラと申します。殿下の命により参りました」
何と。
王宮付き侍女とは、そりゃ格が違って当然ですね。
立ち居振る舞いがそのへんの令嬢よりも凛として美しいですよ。
「どうぞ、中へ」
シーラは顔を伏せたまま、物音を一切立てずに部屋に入った。
「本日は私がリシリア様のお支度をさせていただきます」
「支度、ですか?」
一体何の?
私は今日一日仮病で臥せっている予定なのですが。
「はい。殿下よりデートとお伺いしておりますので」
シーラはそう言うと、てきぱきと湯の準備をし始めた。
「いえ、それはまた後日ということになったはずなのですが」
「リシリア様、申し訳ございません」
「はい?」
「主人のわがままでございます。どうしても今日、と」
えぇ。
何ですかその迷惑かつ強引なやつ。
「ですが私は熱で休んでいることになっておりますので、出歩くわけには――」
「今全生徒に連絡が行っておりまして、本日10時より殿下主催のブランチが開かれるのです」
「あの、全生徒の前だなんて、私出るわけにはまいりませんよ?」
「はい。ブランチが催されている間に、リシリア様にはデートの待ち合わせ場所へと移動していただきます」
「えっ……」
デートのために全生徒に召集をかけたってことでしょうか。
しかもブランチを主催だなんてお金も手間も掛かることを。
背中がサァっと冷たくなるのを感じる。
ちょっと信じられません。
「心中お察しいたします」
「何か……申し訳ありません」
「いえ、それはこちらが申し上げることでございます」
あぁ、何てことでしょうか。
私はシーラになすがままにされ、ピカピカの公爵令嬢に仕上がった。
「では私はここで。鍵は開いておりますので、中でお待ちください」
「ありがとうシーラ、世話になりました。やはり王宮付きの侍女ともなるとすごいわね。見違えました」
私は深いボルドーのドレスに身を包み、髪は下ろしたまま、秋らしく落ち着いた装いになった。
お化粧もジュエリーもシーラの見立てだが、抜群のセンスに驚いた。
「リシリア様がお美しいのです。磨けば磨くほど輝いて、溜息を押し殺すのに必死でした」
「ふふ、お上手ね」
何だか少しわかる気もします。
私もアンジュを輝かせることは楽しいですからね。
「本心でございます。主人もお喜びになられることでしょう」
あぁそうでした。
ピカピカに飾られることにうっとりとして忘れていましたが、このあとデートなんですよね。
「アルバートはいつ頃?」
「会場での挨拶が終わり次第こちらにいらっしゃるかと」
「わかりました。では」
「いってらっしゃいませ」
私は礼拝堂の扉をゆっくりと押す。
中は甘い花の香りがした。
「スイートアリッサムですね」
礼拝堂のベンチには花筒が供えられている。
その全てに小さな白い花がぎゅっと詰まっていた。
スイートアリッサムの名の通り、甘い芳香が胸を満たした。
今日のためにアルバートが用意してくれたのかと思うと少しくすぐったいような気もする。
私は扉に一番近いベンチに浅く腰掛けた。
今頃アルバートは挨拶中だろうか。
シーラに準備してもらった私を見て何と言うだろうか。
あぁ、昨日のキスは今思い出しただけでも恥ずかしい。
というか、きちんと気持ちを言葉にしていないような気が。
なんてことをぐるぐる考えていると、あっという間に身体が火照ってしまった。
早く来て欲しい、心臓がうるさくて仕方ない。
でも来ないで欲しい、きっと真っ赤な顔をしているから。
相反する思いが交互に訪れて溺れてしまいそう。
恋とは恐ろしいものだ。
「リシリア、待たせた」
扉から現れたアルバートは正装に身を包んでいた。
それはそうだ、ブランチ主催者で、挨拶までせねばならないのだから。
でもその王子然とした姿に目を奪われる。
真っ白なジャケットには金色のボタンが輝いていた。
同じく真っ白なマントは重厚感があり、ちらりと見える裏布はコバルトブルーで品がある。
礼装用なのか、オールバックに整えられた金髪に大人っぽさを感じる。
「リシリア、今日は一段と美しいな」
「美しいのはアルバートの方です」
「見惚れたか?」
「はい」
というか反則です。
めちゃくちゃかっこいいじゃないですか。
「ははっ、リシリアが素直だと調子が狂うな」
あぁ、そうやって笑うといつものアルバートですね。
それでも十分眩しいのですけれど。
「あの、アルバート」
「ん?」
「このようなことは身に余ります」
「何がだ」
「デートのために全生徒を集めたり」
「皆喜んでいたぞ? 特に庶民棟の者たちは目を丸くしていたな」
それはそうでしょうね。
「王宮付きの侍女に支度をしていただいたり」
「じきにリシリアも王宮に入るのだ、構わんだろう」
「えぇっと、それは」
「そうだ、婚約もせねばな。リシリアのお父上にも文を出そう」
「それは! 待ってください!」
「何?」
「婚約は、ちょっと……」
悪役令嬢国外追放エンドからはもう随分遠ざかったと思っている。
けれど自ら「婚約」というフラグを立てに行くほど自信があるわけでもない。
何たってまだ1年生の秋。
あと2年半の間になにがあるかはわからない。
高校生くらいの男女って、3年もあれば2~3人くらい恋人を変えたって不思議じゃないですから。
「想いが通じ合ったと思っていたが?」
アルバートは私の手を取ると、じっと目を見つめて返事を待った。




