演出会議
私とギュリオは大まかなスケジュールを決めていく。
「衣装は採寸とデザインがこのあたりまで。仮縫いは2週間前までに終わらせたいですね」
「小道具は何を作るかのピックアップから」
「例年どんなものを使ってたのかしら」
「あ、それ気になりますね。演出も」
脚本は毎年同じ。
私たちは「例年」がどんな舞台だったのか、興味が湧いた。
「ギュリオ、先生に聞きに行ってみませんか?」
「はい。俺も気になります」
ギュリオは芸術肌ですからね。
ヴァイオリンが専門とはいえ、舞台芸術にも興味があるようです。
「おや、まだ教室に用が?」
ひょっこり覗いた茶髪の長髪。
丸いメガネが特徴の担任兼寮長。そして一応攻略対象。
「フランシス先生!」
「あぁ、学園祭ですか」
フランシス先生は黒板を見て言った。
「すみませんね、担任なのに任せっきりで。何か力になれることがあれば――」
「あります!」
ここまで空気でしたからね。
早速役に立ってもらいましょう。
「フランシス先生。脚本は毎年同じと聞いているのですが、例年どんな感じの劇なのか、お伺いしたいのです」
「あぁ、それくらいなら別に」
話はありきたりだった。
学年で一番身分の高い男子生徒が王子役、一番身分の高い女子生徒がヒロイン役。
当たり前と言えば当たり前だが、脚本通りにストーリーが進み、終幕。
「すっごく普通ですね」
いや、それはそれでいいのですが。
「うん、つまらない」
ギュリオは下を向いてぼそぼそとした声で言った。
「ではどうすれば面白くなるか、宿題です」
フランシス先生は丸眼鏡をくいっと押さえて笑った。
一晩演出を考えたけれど、明らかに例年と差別化できる名案は思い浮かばなかった。
庶民出身のアンジュがヒロインをする。
これは目玉にはなりそうだが、劇の本筋に関わることではない。
「おおまかなスケジュールが出来ました。進行表をお配りします。それから各班が使用できる教室も手配しましたのでそちらで活動をお願いします」
毎日午後の1コマが学園祭の準備に当てられるようになった。
役者班は視聴覚室へ、衣装班は被服室へ、大道具班は中庭へ――。
たくさんあるパートが塊になって教室を出る。
私とギュリオとフランシス先生は教室に残り、顔を突き合わせて相談していた。
ギュリオは沢山アイディアを出してきた。
「大道具を大掛かりなものにするのは? セットで二階建ての家を建てるとか」
「それは3年前にやりましたね。腕のいい大工と左官の子息がいて」
「屋外に舞台を設置するのは?」
「舞踏ならそれもいいですが、劇ともなると声が拡散しすぎて聞こえません」
うーん、難しいですね。
「現代風にアレンジするとか」
「ですが脚本はこのまま、台詞は一言一句違わずにというのが条件です」
少し古風な言い回しや世界観が脚本に描かれている以上、現代風にもしづらいですね。
私たちは90分悩み抜いて、結局結論は出なかった。
「あの、リシリア様」
様子を伺うような声に振り向くと、扉の所にアンジュが立っていた。
「アンジュ、練習は?」
「終わりました。鐘が鳴りましたが、聞こえませんでしたか?」
話し合いに集中しすぎて聞こえなかった。
「では私はこれで。また明日頑張りましょう」
「フランシス先生、ごきげんよう」
うーん、実りのない話し合いに先生もさぞがっかりしたことでしょう。
「リシリア様、お顔が怖いですよ?」
「ごめんなさい。ちょっとスランプで」
「リシリア様が!? あの完全超人のリシリア様が!?」
アンジュ。
貴女は一体私を何だと思っているのですか。
「アンジュ、私に用があって来たのよね?」
「はい。部活の前に、テストを受けようと思って」
アンジュは胸の前で台本を握りしめていた。
「ギュリオ、少し外します。もう少し時間をいただけますか?」
「もちろんです。待っています」
私はアンジュを連れて屋上へと上がった。
風が少し秋めいてきた。
蒸した夏の空気から、カラッとした秋の空気に変わる。
生彩だった草木もどこか落ち着きを見せ、本格的な秋に向かってその姿を変えようとしている。
「発声練習も兼ねて、しっかり声を出してくださいね」
「はい!」
アンジュは「一生懸命」という言葉がとにかくしっくりくる。
少し斜め上を見上げ、脳内に保存した台詞を必死に言葉にする。
時に台詞がつかえ、時に眉間に皺を寄せ、芝居とは程遠い有様だった。
けれど「台詞の暗記」というミッションには果敢に挑戦していた。
残り五行。
そんな時だった。
「……飛びました」
「台詞が?」
「はい、完全に飛びました」
顔面蒼白になるアンジュ。
長台詞がすっぽり抜け落ちてしまったようだ。
「ああー! あともう少しだったのにー!」
その場にぱたんと座り込むアンジュ。
もう、お行儀が悪いですね。
「ここは特に言い回しが独特ね」
「そうなんです、言葉が古くて何が何やら」
うーん、教養として古典も教えた方がよさそうですね。
まぁそれはそれとして。
「でもここまでよく頑張って覚えたわ」
「悔しい~。歌なら簡単に覚えられるのになぁ。ほら、王国史の年表とか、ノア君が歌にして教えてくれるんですよ。それなら覚えやすいんですけど」
ノアったらそんな工夫を。
恐れ入りますね。
「また明日頑張りましょう。ギュリオを待たせているから戻るわ」
「はい! 私も陸上部に行ってきます!」
廊下を歩いていると、ヴァイオリンの音が聞こえてきた。
どうやら教室かららしい。
ならばこれはギュリオが奏でている音色?
胸を締め付ける切なく甘い音だった。
教室の前まで来た私はそっと覗いてみる。
秋風にカーテンが舞う教室で、ギュリオはヴァイオリンの弓を引く。
弓は弦の上を滑るように動き、悲しげで美しい旋律を鳴らした。
最後まで弾き終わったのを聞き届けてから、私は拍手した。
「ギュリオ、素晴らしかったです」
「リシリアさん!?」
ギュリオはぎょっとした顔をした。
「何という曲ですか? クラシックではないようですが」
「俺が、作った」
ギュリオの顔は前髪で隠れてしまった。
「ギュリオが!? すごいです!」
「一晩脚本を読んで、音楽をつけるならこんな感じかなと思って」
「脚本に、音楽?」
それを聞いてアンジュの言葉を思い出す。
――歌なら簡単に覚えられるのになぁ――
「それですよ、ギュリオ!!」
「え、何ですか」
そんな不審者に会ったかのように後ずさりしないでください。
「この脚本をミュージカルにするのです!」
「何ですか、それ」
「オペラのようなものです」
「オペラ、ですか」
ギュリオは顔を上げた。
「それ、すごくいいですね!」
ふわふわの天然パーマから覗いた笑顔はとても可愛らしかった。




