世界のルール
「相手役は、アンジュだ」
アルバートはネームプレートを差し出した。
そこにはアンジュの名前が記されていた。
「確かに。では次の配役ですが――」
やっぱりこの世界のルールは変えられない。
ヒロインはアンジュなのだ。
自分の厚かましさに思わず笑ってしまう。
残りの配役はすんなり決まり、裏方も適材適所に振り分けられた。
「では皆で頑張りましょう。明日までに各役割のスケジュール表を作ってきますね。今日は解散です」
私は静かに笑って見せた。
皆は脚本を手に、学園祭への期待を語りながら教室を後にした。
教室には放心状態のアンジュ、私とギュリオが残った。
ギュリオは黒板に書かれた役割分担を紙にせっせと写している。
「アンジュ? 大丈夫?」
「リシリア様ぁ」
「もう、情けない声を出して」
初めてアンジュにストレッチをした日のことを思い出す。
アンジュはあの日も相当情けない声を出していましたね。
「だって、だって、台詞が」
「台詞?」
悲恋と言ってもラブストーリー。
恥ずかしくなるような台詞も多分にあるが。
「多いです! これ、全部覚えるんですよね!?」
多い。なるほど。
「ヒロインですからね。相応の量かと」
「ただでさえ課外は忙しいのに、さらにこの量を追加でなんて……」
アンジュは目を見開いて呆然としている。
「手伝うわよ」
「リシリア様が?」
「実行委員ですから。成功のための手助けならいくらでも」
「うわぁーん! リシリア様大好きですー!」
アンジュが私の首元に飛びついてくる。
「もう、大袈裟ね」
「死活問題ですよ~」
私はアンジュの背中をぽんぽんと叩いた。
やっぱりアンジュは憎めないなぁ。
可愛いし、真面目だし、健気だし、人懐っこいし。
それに比べて私の可愛げのなさったらない。
本当はアルバートに気持ちがあるのにそれをきちんと見ようとしない。
これ以上好きになるのが怖い。
これ以上好きになる前に、やっぱりアンジュとアルバートをくっつけてしまおう。
そんな諦めに似た感情で二人の前に立つことさえも情けない。
「リシリア様、私頑張ります。リシリア様のためにも!」
「ふふ、私もアンジュのために頑張るわ」
「ほ、ほどほどで大丈夫ですよ? リシリア様の『頑張る』の基準って想像出来ない……」
アンジュには敵わない。
アルバートの相手役になったアンジュに嫉妬してもいいはずなのに、あっという間に毒気が抜かれてしまった。
「あの。これ、書き写したんですけど」
「ギュリオ様、ありがとうございます」
「ギュリオとお呼びください。俺は子爵家なので」
長い前髪で表情が読めないが、声はやや困惑してるみたいだった。
「ではギュリオと」
「はい。リシリア様」
うーん、私は「様」付けなのか。
公爵家と子爵家では仕方ないにせよ、少し居心地が悪いです。
「あの、様と呼ばれるのは少し違和感が」
「では何とお呼びすれば」
「そうですねぇ」
呼び捨てはハードルが高いでしょうから、ここは妥協して。
「リシリアさん、とか?」
「ではそうします。リシリアさん」
「ありがとうございます。あ、紙もいただきますね。明日までにスケジュールを組んできます」
「それ、俺も手伝います。実行委員ですから」
それもそうですね。
「では今からしましょうか」
私はアンジュを見る。
「アンジュ」
「はい!」
「台本、5ページまでの台詞を明日までに暗記してきてください」
「えっ!?」
「明日テストいたしますね」
「テ、テスト? 早速スパルタじゃ――」
「無駄口を叩く余裕があるのならページ数を増やしますよ?」
「いえ! では! ごきげんよう!」
アンジュは鞄に台本をしまうと急いで扉に向かう。
「アンジュ。令嬢は――」
「走りません!」
「ふふ、よろしい」
アンジュが退室した直後に不思議な悲鳴が聞こえたけど放っておきましょう。
「リシリアさん、すごいね」
ギュリオは怯えた目で私を見た。
「アンジュとは信頼関係あってこそなので、大丈夫ですよ」
奇妙なものだ。
ヒロインと悪役令嬢が信頼関係で結ばれるなんて。
「では仕事に取り掛かりましょうか」
「あ、はい」
私たちはスケジュール作成に取り掛かった。




