学園祭が始まる
「秋の学園祭ですが、例年一年生は劇をすることになっています」
夏の気配が少しだけ遠のいた頃、先生は弾んだ声で言った。
そうか。
学園祭、ありましたね。
教室のムードが一気に華やぐ。
アンジュは別として、普段はあまり交流のない貴族と庶民。
だが学園祭の時には身分など関係なく、皆が一丸となって劇を作り上げる。
「制約は一つだけ。代々受け継がれている脚本を使用すること」
脚本が配られる。
皆が黙って視線を落とす。
パラパラと紙がめくれる音が響く。
内容はいたってシンプル。
王子様と一人の麗しい令嬢が恋に落ちる。
しかし二人は両想いにも関わらず、その気持ちを明かすことなく別離の道へ進む。
悲恋だ。
学園祭なんだからハッピーエンドにすればいいのに。
なんでこんなものが代々受け継がれるのでしょう。
まぁ「ロミオとジュリエット」然り、「タイタニック」然り、「曾根崎心中」然り、古今東西悲恋モノは需要があるのだろう。
なんて冷めた目で脚本を眺めていると、ぐすぐすと鼻をすする音がぽつぽつ聞こえてきた。
涙腺!
大丈夫ですか!
「先生、配役はどうするのですか」
「ここから先は実行委員に任せたいのだけれど」
実行委員? そんなのいたっけ。
「ギュリオ君、リシリアさんの2名を推薦します。いかがかしら」
「……?」
私?
突然挙がった名前に戸惑っていると、温かな拍手が沸き起こった。
いや、ちょっと待て。
「まぁよかった。では前へ」
よくない。
なし崩し的に実行委員にされましたよ。
ギュリオは天然パーマで色素の薄い子爵家次男。
ヴァイオリンが得意な芸術肌で、薄命って感じの儚さがある。
とにかく幸が薄そうな、攻略キャラの一人。
こういう子、放っておけない!
ってタイプにウケるのか、まぁまぁ評判は良かった。
私はギュリオとともに皆の前に立った。
ここは男性を立てて、ギュリオから自己紹介して欲しいところですが。
あぁ、俯いてしまって無理そうですね。
「実行委員を仰せつかりました、リシリアです。どうぞよろしくお願いいたします」
私は軽く一礼をした。
「ギュリオです」
おぉ、喋った。
消え入りそうな声ですが、そっとしておいてあげましょう。
「では配役ですが、主役から決めていきましょうか」
私がそう言うと、ギュリオは無言で黒板に役名を書き出した。
私たち、何だか阿吽の呼吸っぽいですね。
役割は逆の方が良かった気もしますが。
「では王子役から、誰か立候補したい方」
教室はシンとなり、その視線はアルバートに注がれた。
「何だ?」
私はふぅっと溜息をつく。
「殿下。いかがですか?」
「私が? なぜ」
「本物の王子がいる前で、王子役を演じろというのは酷な面もありますので」
「皆が良いなら構わぬが」
「では承認していただける方は拍手を」
わっと拍手が起こる。
「では王子役はアルバート殿下に決定いたします。次にお相手役ですが――」
そう言うと、女子の視線が一気に鋭くなる。
悲恋とはいえ、アルバートの相手役。
この劇を機にお近づきになりたいと思う女子は一人や二人ではない。
「立候補したい方はいらっしゃいますか?」
うわっ。
牽制し合うピリピリした空気が充満していますよ。
「立候補だなんて、とても。ねぇ?」
「あら、あなたは辞退するのね」
「そ、そうは言っていなくてよ」
「ここは殿下に決めていただいては?」
「いえ、それでは必然的に……」
「私、お芝居には造詣がありましてよ」
「それでしたら私も」
女の世界は恐ろしいものですね。
「では逆に、絶対にやりたくない、という方はいらっしゃいますか?」
ほら、誰も手を挙げません。
「でしたら全員分のくじを作って、殿下に引いてもらうのはどうでしょう」
完全な運の一発勝負。
これなら後腐れもないし、文句を言おうにもくじを引くのはアルバートだ。
王子に不満を言える者などこの教室にはいない。
「そ、そうね。それが公平だわ」
「さすがリシリア様ね」
「くじですが……そうですね、皆さんのネームプレートを集めましょうか。公平性を期すため、先生にお願いしても?」
「それくらいなら構いませんよ」
先生は教室の隅にあった陶器の壺を手にすると、女子生徒のネームプレートを集めた。
私も胸元の小さなネームプレートを外すと壺に入れた。
壺は上部でくびれており、覗いても中のネームプレートの名前は判別出来なかった。
「リシリアさん、揃いましたよ」
「では殿下。前に来て引いていただけますか」
「あぁわかった」
アルバートは誰の名前を引くだろうか。
もし私の名前が引かれたなら、それを運命と思ってアルバートに気持ちを告げよう。
カチャン。
アルバートが壺に手を入れる。
金属のネームプレートがこすれる音が響く。
どうか神様。
私とアルバートが結ばれる未来があるのなら、どうか私の名前を――。
大半の生徒がそうしていたように、私も目を閉じて祈った。




