幸せな夢
「アルバート、今日はありがとうございました」
最後のデザートは温かいりんごのソテーだった。
わずかな酸味が口内に心地よい。
そして何より栄養が体中に染み渡っていく感じ。
「不思議なものだな。こうしてリシリアと向き合っているのは」
「不思議、ですか?」
「私は一度振られているのだぞ?」
返す言葉もございません。
「では今度からデートのお誘いは辞退いたしましょう」
「だが楽しかったろ」
楽しかった。
というか、すごく満ち足りた気分だ。
「休息も、気分転換も、完璧なデートプランでした」
心身ともにリフレッシュした感じ。
「ならよかった」
アルバートはキャンドルの明かりの中でふっと笑った。
ゆらゆら揺れる炎と陰影が、美麗な王子をさらに魅惑的に映し出す。
その姿に私の鼓動は速くなり、火照ったように体温が上がる。
私はのぼせた頭で自分に都合の良い想像をした。
悪役令嬢フラグなんてとっくに折れていて、私はアルバートと結ばれる。
アンジュとも仲が良いし、婚約破棄も国外追放も存在しない。
この世界はきっとそんな夢みたいな世界。
私は意を決してアルバートに言った。
「アルバート、もう少し一緒にいられますか?」
「あ、あぁ。もちろんだが。今日は本当に不思議な日だな」
「夜風が気持ち良くて、少し歩きたくなりました」
「ならばどうぞ、リシリア嬢」
そう言うとアルバートは立ち上がり、私に腕を差し出した。
「ありがとうございます、殿下」
私はそっと腕を絡める。
触れ合った身体からアルバートの体温を感じる。
黙ったまま庭園の細道に入る。
一つ角を曲がっただけで、そこは月と星の明かりだけの世界になった。
「目が慣れるまでここでいよう」
「はい」
「寒くはないか」
「アルバートが温かいので平気です」
「こうすればもっと温かい」
アルバートは私に向き合うと、優しく両腕を背中に回した。
「そうですね」
そっと胸に頭を預けると、アルバートの心臓の音が聞こえた。
それはトクトクと小刻みに打った。
「リシリア、何かあったのか?」
「いいえ。ただ――」
「ただ?」
「これが夢だったらな、と」
「何?」
アルバートのくぐもるような声が降ってくる。
「私はまだ馬車で眠っていて、これは全部幸せな夢で。そうだったらいいなと思ったのです」
ぐいっ。
アルバートに肩を掴まれ身体を引き離される。
「夢でなくともよいだろう。お前は時々悲しそうな顔をするが、それはなぜだ」
アルバートのことが好きなのに、決して結ばれない運命が切ないのだ。
アルバートの与えてくれる愛情を、受け取りたいのに受け取れないことを憂いているのだ。
やるせない。
それがリシリアの運命だ。
「言えぬか?」
「上手く言えません」
「ならこれは全て夢だ。この夜のことは全て」
「アルバート……」
「リシリアは幸せな夢だと言ったな。夢ならば、私といることは幸せだと思えるのだろう?」
これが夢なら。
本当に夢ならば、幸せな夢だ。
でも締め付けられる胸の痛みも、うるさく鳴る心臓も、目の前のアルバートも、どれも本物だ。
「嫌なら避けろ」
そう言ったアルバートは、右手を私の頬に添えた。
そしてゆっくり顔を近づけると、そのままキスをした。
柔らかく熱いその感触に心臓が止まりそうになる。
私は動くことが出来なかった。
ようやく唇が離れると、熱っぽい目でアルバートは言った。
「避けなかったな?」
そう言うとまた唇を重ねた。
「一度では『たまたま避けられなかった』と言い訳されるからな」
アルバートは愛おしいものを抱えるように、ぎゅっと私を抱きしめた。




