八つ当たり
隣国ゾルフールの王妃、ソフィア様。
これはもしかして、いや、もしかしなくとも国賓?
私はその場で跪く。
そしてゾルフール語で挨拶する。
「ソフィア様、お目にかかれて光栄でございます。リシリアと申します」
「ザラ様から聞いています。今日は気軽なアフタヌーンティーだとも。さぁ、お座りになって」
ソフィア様はゾルフール人特有の褐色の肌をしていた。
褐色の肌に真っ白なサンドレスが映えて美しい。
「素敵なドレスでございますね。ゾルフール国の特産はリネンと伺っておりますが、そちらのお召し物も?」
「まぁ、よくご存知ね。これはゾルフールリネンを使っているの」
「ゾルフールは温暖な気候ですから、涼し気なリネンが良く合いますね」
「我が国のこと、よく勉強しているのね。それに言葉もとてもきれいだわ」
「ありがとう存じます」
ソフィア様もザラ様も嬉しそうな顔をしていた。
私は滝汗の内心とは裏腹に、二人につられるように穏やかな笑みを湛える。
「手紙で言っていた通りね。とても聡明なお嬢様だわ」
「でしょう? 私もアルバートもお気に入りなのよ」
「まぁ、あのアルバート殿下も? ということは、そういうこと?」
どういうことですか。
「ふふ、そうだといいのだけれど」
ザラ様は私をちらりと見る。
指示語で話すのやめてもらえますか。
「リシリア様。これからもどうぞ我が国と末永く仲良くなさってね?」
私は曖昧に笑顔で濁す。
これは、次期王妃として外堀を埋められているのでしょうか。
「それにしても驚いたわ。リアちゃんったら、私が4年がかりで習得したことを、1か月でやってのけてしまうんだもの」
は?
何ですかその後出し。
相当無理したんですけど!!
「そうなの? それは是非うちの息子とも会って欲しかったわ」
「そんなことしたら私がアルバートに怒られてしまうわ」
「ふふ、残念ね」
あぁ、帰りたい。
この行き場のない気持ちをアルバートにぶつけたい気分ですよ。
八つ当たりを「したい」と思ったのは生まれて初めてです。
「リアちゃん、何か聞いてみたいことは? こんな機会滅多になくてよ?」
ザラ様、私これ以上喋りたくないのですが。
でも話さなくてはザラ様の面目を潰してしまいますからね。
仕方ありません。
「ゾルフールの治水には目を見張るものがあります。去年南方に出来たという灌漑設備のことなどお伺いしとうございます」
「ゾルフールは一年中暑く慢性的な水不足ですからね、あの灌漑設備は――」
私はゾルフール語を駆使して灌漑設備の話を盛り上げる。
ザラ様はその様子をにこにこして眺めていた。
「リシリア様。とても有意義な時間だったわ。是非またお会いしましょう」
「こちらこそ貴重なお話を頂戴し、ありがとうございました」
2時間ほどのアフタヌーンティーだったが、それはそれは長く感じられた。
「私は見送りに行きますから、リアちゃんはここで」
「ザラ様、このような場を設けていただきありがとうございました」
私は二人の姿が見えなくなるまで見送ったあと、真っ直ぐアルバートの部屋に向かった。
「リシリアです。少し失礼してもよろしいですか」
アルバートの部屋はすぐに開いた。
「お呼びいたします。お待ちください」
執事に前室へ通される。
アドレナリンが止まらない。脳はフル回転の興奮状態です。
「リシリア? どうした」
続き扉から出てきたアルバートは、そこまで言って息を飲んだ。
「どうしたもこうしたもございません!」
「ちょっと待ってくれ。その、どうしたその格好は。今日はやけに美しいな」
アルバートは口を押さえて顔を赤らめた。
「ゾラ様に着せられました」
「母上に? 一緒だったのか」
「隣国ゾルフールの王妃様と共にアフタヌーンティーをしておりました」
「なぜ」
「聞いてらっしゃらないのですか!?」
「知らぬ」
そう言われて力が抜ける。
アルバートは何も知らなかったのだろうか。
「リシリアっ!」
膝がカクンとなる寸前でアルバートに抱き抱えられる。
「す、すみません。ずっと気を張っていたもので」
この1か月の疲労がどっと襲う。
「しばらく隣りにいる。誰も通すな」
アルバートはそう言うと、私をお姫様抱っこしたまま隣室へと連れて行った。
「ア、アルバート?」
「私の執務室だ」
アルバートは私を抱っこしたまま、応接用の長いソファーに座った。
執務室は殺風景で、広いデスクと山積みの書類は先程までアルバートが仕事をしていたことを示していた。
壁の本棚にはどれもぎっちりと分厚い本が詰まっていて、王族の大変さを改めて思い知る。
「あ、あの。邪魔をしてすみません」
「何だ、急にしおらしいな」
「八つ当たりをしに来たのですが、我に返りました」
「はは、リシリアは面白いな。母上と何か?」
「1か月、みっちりと夏期講習を」
「そうなのか?」
「本当に何も聞いてらっしゃらないのですか?」
「母上が来ていることすら知らん」
そうだったのか。
てっきり知っていたのかと。
「すみませんでした。見当違いもいいところでした」
「八つ当たりしに来たのだろう? 別に構わん」
アルバートは愛でるような目で私を見た。
「帰ります」
「少し休んでいけ。私も休憩しようとしていたところだ」
「でしたら余計にお邪魔でしょう」
「こんな風に着飾ったリシリアを見られるのだ。邪魔なものか」
チュ。
アルバートの唇が額に触れた。
「なっ!」
「母上は昔からスパルタだからな。苦労しただろう」
「はい」
「ははっ。今日は素直だな」
「ですがたくさんのことを教えていただきました」
決して一人では学べないようなことばかり。
「そうか。それはよかった」
「はい」
「ますます好きになりそうだ」
「……」
学力パラ、一体どこまで上がってしまったのでしょう。
考えるだけでぞっとします。
「うーん、今日はもう執務に戻れる気がしないな」
「アルバート?」
「デートでもするか」
「え……」
「互いに気分転換だ」
気分転換、何て魅力的な言葉なんだろう。
毎日王妃様と顔を合わせる緊張感、勉強漬けの毎日。
貴賓室と私室を往復するだけの1か月。
気分転換、したい。
「そうですね」
「リシリア?」
「しましょう、デート。うんと非日常的なやつ」
「構わないが、いいのか?」
「誘ったのはそっちでしょう」
「まさかリシリアが応じるとは」
メンタル弱ってるんですよ。
「するのですか、しないのですか」
「するに決まっている」
「ひゃっ」
アルバートは私を抱いたまま立ち上がると嬉しそうに笑った。




