森の泉の秘密のスチル
「アンジュ、ごめんなさい」
「リシリア様!」
アンジュの顔がぱっと明るくなる。
「髪、上手に出来ましたね。可愛いわ」
「がんばりました!」
うーん、健気!
デートのためにオシャレしようとするなんて、恋する乙女の鑑ですよ。
アルバートをちらりと見ると、無言のノアと笑顔で交戦していた。
「アルバートとは話せた?」
私はこそっと耳元で聞いた。
「え? えーっと、まぁ、当たり障りのない会話を」
「どんな?」
「涼しくて気持がいいなと仰られましたので」
「うんうん」
おぉ、これはデートで発生する会話ですね。
返事の選択肢によって好感度が変化するやつ!
「泳ぎたいですね、と」
あー!
それアルバートが嫌いな選択肢!
好感度下がるやつ!
「水がとても澄んでいますね」→好感度up
「木陰に座りませんか?」→変化なし
「泳ぎたいですね」→好感度down
やってしまいましたね、アンジュ。
いえ、アンジュには罪はないのですが。
「令嬢はあまり泳がないかと」
「海辺で育ったので、水を見ると泳ぎたくなるんですよ~」
アンジュの子どもっぽい笑顔がとても眩しくて、それ以上何も言えなかった。
「リシリア、アンジュ殿。男だけであまり放っておくな」
アルバートがこちらにやってくる。
「すみません。せっかくですし散策でもしましょうか」
「いや、あっちにボードがある。乗るか?」
アルバート!!
ナイスボート!!
これはスチルフラグではありませんか。
初夏に「森の泉」でデートすると手に入れられるやつ。
「乗りましょう! ね、アンジュ!」
「は、はい」
そして手漕ぎボートは二人乗り。
必然的にカップル成立です。
私たちは船着き場にやってきた。
管理者だろう老紳士がにこりと笑う。
「誰と乗りますか?」
おぉ、きたきた。
乙女ゲーっぽくてテンション上がりますよ!
私がアンジュを見ると、何やら恥ずかしそうな顔をしていた。
ゲームの効力が働いているのか、アルバートもノアも何も言わない。
「あ、あの、私っ」
さぁアンジュ。アルバートの名前を言うのです。
選択肢の決定権は、ヒロインである貴女にありますよ!
「えっと、一緒に乗りたいのは――」
ああっ、ドキドキする!
ヒロインに選ばれる攻略キャラってこんな気持ちなんですね!
「リシリア様です!」
「え?」
え?
「私、リシリア様と乗りたいですっ」
なぜそうなる。
「私海育ちなので漕げるんですよ~」
ボートは水面を割って進む。
とても快適ですが、どうしてこうなった。
「ノア君漕げなかったみたいですし、アルバート王子殿下と乗れてよかったですよね!」
アルバートが漕ぐボートに背を丸めて乗るノア。
いたたまれません。
「よかった、のかしら」
ノアにボートスチルが存在しないことを失念していました。
まさか漕げなかったとは。
学力にパラ全振りしてる場合ではありませんよ。
「楽しいですね、リシリア様!」
「アンジュはアルバートと乗らなくて良かったの?」
「王子殿下と? 私、全然知らないですし」
「でも王子様との恋に憧れてるでしょう?」
「あはは! 少し前はそうでしたけど」
「今は違うの?」
アンジュはくすぐったそうな顔で話し始めた。
「この学園に入るまでは憧れていましたよ。いつか素敵な王子様が迎えに来てくれたらなって」
ですよね!?
アンジュはそういうヒロインど真ん中の女の子ですよね!?
「でもリシリア様と出会って、色んな世界を知って、待ってるだけじゃつまらいなって。自分で自分を変える力があるって気付いたし、その方がずっと面白いなって」
!?
私のせい!?
「私の理想の人は、王子様じゃなくリシリア様です」
「で、でも、好きな人がいるって言ってたわよね? 好きな人とは絶対にパートナーになれないって。あれはアルバートのことじゃ――」
アンジュは苦笑いをして首を振った。
そして真っすぐな目で私を見た。
「私は同性だから、リシリア様のパートナーになれないのが惜しいです」
その瞬間のアンジュはそのままスチルになりそうな程美しかった。
水面の輝き、アンジュの凛とした表情、誠実な眼差し。
きっとこの顔を、私は一生忘れない。
「耳飾り、つけて来てくださったんですね。嬉しい」
そう言うと、アンジュはにこりと笑った。
さっきまでのアンジュに戻ったみたい。
「あ、うん。とても気に入ってるわ」
贈られたプレゼントを身に着けてデートに行くと、専用会話が発生するのは知ってる。
けどこれは一体。
頭の中がぐるぐるする。
「あ、王子殿下とノア君、もう陸に上がってますよ。私たちも戻りましょうか」
「え、えぇ」
「ふふ、よっぽど話が合わなかったのでしょうか」
ちょっと今、人の会話にまで考えが及びません。
「リシリア様。私、リシリア様のこと大好きです。尊敬しています。これからもよろしくお願いします」
その「大好き」は友達としてで良いのでしょうか。
陸に近付くと、微妙な顔のアルバートとノアがぎこちなく手を振った。




