初デート(アルバート王子)
大変なことが起きました。
深く考えずに食事をOKしてしまった30分前の自分に説教をしたい気分です。
いえ、でもまさか。
だれが想像出来たでしょうか。
当日急に誘われて、スイート個室と最高級フルコースが用意されるなんて思いませんよ。
「す、素敵なお部屋ですね」
私は貴族棟の別棟にある「星空ダイニング」の個室にいた。
「あぁ、星がきれいだ」
そう、ここは紛れもなくゲームで訪れたことのある「デートスポット」。
照明を落とした室内には、柔らかな燭台の光がゆらゆら揺れている。
寮の裏手にある泉に面した大きなガラス窓は、そのまま曲線を描き屋根まで繋がっている。
正面と頭上には無数の星が降り注ぐように見え、泉の水面には月が静かに映っていた。
料理が出ると、アルバートは給仕にそっと耳打ちする。
給仕は礼をすると、扉から出て行ってしまった。
「席を外せと言っておいた」
「なぜです」
「せっかくのデートだ。二人で楽しみたい」
あぁ、ほら。
デート認定されてますよこれ。
雰囲気にのまれないようにしなくては。
「デートだなんて。そんなこと、いつも女性に仰っておいでですか?」
私はあえて素っ気なく言う。
「女性と二人きりで食事をするのはリシリアが初めてだが?」
アルバートは薄明りの中にやりと笑った。
全く楽しそうですね。
「そうですか」
「お前は愛想良くしないのだな」
「王子殿下の前だけですよ。普段はそれなりに」
「普通王子の前でこそ愛想よく振る舞うものだがな」
「でしょうね」
私は聞き流している風を装いながらフォアグラにナイフを入れる。
「まぁリシリアは素直じゃないからな? 今の態度も本心ではないのだろう?」
カチャン。
思わずナイフを落としてしまう。
「し、失礼しました」
「リシリアが動揺するなど珍しい」
アルバートの顔を見ると、余裕の笑みを浮かべていた。
「ど、動揺など。しておりません」
「そうか?」
「何がそんなに嬉しいのです」
その綺麗な顔でじっと見つめないでください。
「あぁ嬉しいな。やっと二人になれたのだ」
「っ!!」
「昼はカンサム公、放課後はアンジュ殿。リシリアはなかなか隙がなかったからな」
「隙って……」
嫌な予感が頭をよぎる。
さっき庶民棟でアルバートに会ったのは偶然かと思っていたけれど、偶然ではない?
だいたい、王子が庶民棟の近くになんているはずがない。
「アルバート。先程はなぜ庶民棟に?」
「リシリアが一人で出て行くのが見えたから追った」
あぁ、やっぱり。
「なぜそのようなことを」
「カンサム公との逢引きなら遠慮しようと思ったが、そうでもなさそうだったのでな」
「あ、逢引きなどいたしません!」
「はは。私が逢引きしようと思って追いかけたのだ。あのような現場に居合わせるとは思わなかったが」
「助けていただきありがとうございます。ですが後をつけるなどおやめください」
まぁ私もアンジュの後をつけていたので人のことは言えませんが。
「ならば正面から申し込んでも? カンサム公に義理立てして避けていたのだが」
「それもやめてください」
「婚約しているわけでもあるまい」
「それはそうですが」
というか、そもそも付き合ってもいませんし。
ノアとのことは何とかしないといけない。
ノアは私に友達からと言ったけど、アルバートは「想いが通じた二人」だと認識している。
でもきっとノアの嘘にアルバートは気付いている。
落馬事件があったから、表向きはノアを立てているだけで。
沈黙が流れ、何となく気まずい空気が流れる。
「リシリア、少しテラスに出るか」
アルバートが立ち上がり、私にマントを掛けてくれた。
「ありがとうございます」
「夜はまだ冷えるからな」
私は促されるまま立ち上がり、アルバートとテラスに出た。
「うわぁ。目がくらみそう」
私はテラスに手をつき空を見上げた。
肉眼で見ると、星の瞬きがより一層感じられる。
「倒れないよう支えててやる」
そう言うと、アルバートは後ろから私をすっぽり包んだ。
「ア、アルバート!? い、今のは比喩ですから!」
「そんなに大きい声を出すな」
「で、ですが!」
「また口を塞ぐぞ?」
「だ、黙ります」
風に揺れる木々の音だけが響く。
「こうして自分だけのものにしたいと思うのはいけないことか?」
アルバートがぽつりと言った。
「私に聞かれても」
「こちらを見ろ」
私は体の向きを少し変えて、アルバートの顔を見上げる。
アルバートの目は熱っぽく潤み、頬は赤く染まっていた。
「こんな気持ちになるのはリシリアだけだ。本当はカンサム公の側にいるのでさえ嫉妬している」
「アルバート、貴方の気持ちは恋ではありませんよ」
「何?」
「アルバートが心を惹かれているのは、私の容姿や学力、体力とか、そういう能力に対してです」
芸術パラ、生活力パラなど、パラメーターの項目は他にも色々ありますが。
「それはリシリア自身に惹かれているということだろう?」
「いいえ。私以上の能力を持った女性が現れれば、きっとアルバートはその女性に心を奪われますよ」
「そんなことはない」
「あるのです」
正ヒロインであるアンジュが、本来のアルバートの相手なのだから。
「なぜ私の心をリシリアが決める」
なぜと言われても困る。
アルバートがゲームの攻略キャラである以上、それは必然。
でもそんなことは言えない。
「アルバートにはもっと相応しい女性が――」
「いつもそう言うな」
「だって、そうなんですよ」
悲しいけれど仕方ない。
私だって正ヒロインに転生して、アルバートと恋をしてみたかった。
私は卑屈になっているのだろうか。
拗ねているのだろうか。
胸が痛い。
「わかった」
アルバートが短く発した言葉に泣きそうになる。
これで私に構うのもおしまい。
アルバートはアンジュとの両想いルートに進めばいい。
「おわかりいただけてよかったです。もうこのようなことは――」
「リシリアは私のことが嫌いというわけではないのだな」
「え?」
「リシリアの発言は、私が嫌いというよりも、相応しい女性とやらのために自ら身を引くというものだろう」
「そうですが」
「なら話は簡単だ」
アルバートは私の頬に触れた。
「誰が現れても私はリシリアだけを愛する。決して心変わりなどしないと誓おう」
「そんな無茶苦茶な話――」
「無茶苦茶なのはお前の方だ。誰ともわからぬ女のために身を引くなど、荒唐無稽だと思わぬか」
「御心変わりしないなど、信じられません」
「ならば信じられるまでずっと側にいよう」
アルバートは私を優しく抱きしめる。
温かい胸に顔をうずめてしまったのは、涙を見られたくなかったから。
ただそれだけだ。
アルバートを好きになるなんてだめ。
それだけはだめ。
なのに想いが溢れて止まらない。
「こんなのは、今夜だけです」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「ではとりあえず今夜を楽しむことにしよう」
アルバートはそう言うと、優しく私の髪を撫でた。




