庶民棟でトラブル発生!?
アンジュの1週間は忙しくなったがメリハリがついた。
月 陸上部→ランカ先輩
火 お勉強→ノア
水 陸上部→ランカ先輩
木 刺繍・レース編み→私
金 楽器→私
毎日みっちり特訓するが、アンジュは泣き言も言わずに頑張っている。
陸上部のおかげでスタミナ上限が上がったのか、疲れにくくもなったようだ。
「貴女のお人形さん、大変なことになってるみたいね」
そうセレナに言われたのは青天の霹靂だった。
「アンジュのこと?」
「庶民棟で嫌な思いをしているって、知らないの?」
セレナはくるんと上がった長い睫毛をパチパチさせた。
「そんなことアンジュは一言も……」
「あら、隠してたの。ならこの話は聞かなかったことにしてちょうだい」
そう言うとセレナは他の話題にさっと変えてしまった。
今王都で流行りの絵師や、マダムの間で人気のジュエリー。
隣国の珍品や、話題の健康茶の話。
正直ちっとも頭に入ってこなかったけど、適当に返事をしておいた。
私は金曜の個人レッスンを終えると、こっそりアンジュの後をつけた。
一応バレた時のために新しいトレ着を持って。
プレゼントするつもりだったのを持って来たとでも言えばいいだろう。
アンジュが庶民棟の門に近付くと、女子生徒が数人入り口を塞いだ。
私はそっと木の陰に隠れる。
「あら、アンじゃない。今日はあのボロ着てないの?」
「あれはボロなんかじゃありません。リシリア様が作ってくださった服です」
「リシリア様が? あんなペラペラの布を張り合わせただけのものを?」
トレ着のことだろうか。
「どいてください。私、忙しいんです」
「あら、忙しいんですって」
「ボロを着せて走らせるなんて、リシリア様も酔狂ね」
「アン、あなたからかわれていることもわからないの?」
あぁ、アンジュとの関係が良好だったからすっかり忘れていました。
私ってこの世界では悪役令嬢でしたね。
私の行動の全てに悪役補正がかかるのでしょう。
「リシリア様はそんな方ではありません!」
夕闇にアンジュの声が響いた。
「まぁ大声を出してはしたない」
「アルバート王子殿下だけじゃなく、リシリア様の幼馴染のノア様にも色目を使ってるらしいじゃない」
「それどころか陸上部のエースの先輩もですって」
「ほんと、アンって気に食わない」
「いじめられて当然なのよ」
誤解を解いた方がいいでしょうか。
悪役令嬢の私が出て行ったところで、火に油かもしれませんが。
私が木陰から出ようとした時、背後から大きな手が現れ肩を掴まれた。
「私だ」
「ア、アルバー」
「しっ」
アルバートはもう片方の手で私の口を塞ぐ。
「もう少し彼女の話を聞け」
耳元でそう囁かれ、私は身動きを止める。
「私は何を言われても構いません。ですがリシリア様の悪口は許しません」
「だから、あなたはいじめられてるの」
「違います」
「は? 何よその態度」
「リシリア様は素晴らしい方です。こんな私を、いつも導いて、支えてくださっている」
胸が熱くなった。
アンジュからそんな言葉を聞くなんて思ってもみなかった。
「洗脳されてるってわけ?」
「だとしたら、リシリア様でよかった」
アンジュの声は凛としていた。
「リシリア様は私のために体調を崩されたこともあります。なのに辛い練習も、私の心が折れないように一緒にやってくださいます。無知な私にもわかるように、簡単な言葉で説明してくださって、手本を示してくれます」
「な、なによ」
「出来れば自分のことのように喜んで、出来なければどうすれば出来るようになるか必死で考えてくださる。リシリア様はそんな心の優しい方なのです」
「くだらない!」
「私は!」
闇間を裂くように、はっきりとした声でアンジュは言った。
「あなた方のように人を貶めるようなことを言う人間ではなく、リシリア様のように思いやりのある聡明な女性になりたい」
「う、うるさい!」
「そのためにしなくてはいけないことがたくさんある。そこを通してください!」
アンジュの中には決して揺るがない信念のようなものが見えた。
「リシリア、出るぞ」
「!! アルバート王子殿下!! リシリア様!!」
門を塞いでいた女子生徒がみるみる顔色を変える。
「リシリア様!? どうなさったのですか?」
アンジュが驚いた顔で私に駆け寄った。
「ええっと、長袖のトレ着を渡し忘れたの」
持ってきておいてよかったー!!
「話は聞かせてもらった。貴殿らはアンジュがリシリアからいじめを受けていると?」
「えっと、あの」
「だって、ねぇ?」
「アンジュ、どうなのだ」
「そんなこと決してありません」
「遠慮なく真実を述べよ。もし本当にいじめが存在するのならば、私の権限でリシリアを追放する」
ちょっと!
王子殿下の口から「追放」とか、パワーワードが過ぎますよ。
「アルバート王子殿下。リシリア様は私をいじめてなどおりません。むしろ、身に余るほどの厚意をいただき感謝しております」
アンジュは深く頭を下げた。
「だそうだ。貴殿らの勘違いのようだが、まだ何か?」
アルバートが睨みつけると、女生徒たちは皆下を向いて黙ってしまった。
「何もないのならば行け。学園内とは言え、用もないのに夜に出歩くな」
その言葉とともに女生徒たちはいそいそと姿を消した。
「殿下、リシリア様。私事に巻き込んで申し訳ございません」
「アンジュ、どうして言ってくれなかったの」
「これくらい平気です」
アンジュはにこっと笑って見せた。
「他に嫌がらせは?」
「心配いりません。これくらい上手にあしらえなくてどうします」
「でも」
「私、レディーになるんですよね? これくらい余裕でかわせるようにならないと! でしょ?」
「それは……」
「まぁ、少し熱くなってしまったのですが」
アンジュは恥ずかしそうに上目遣いで私を見た。
「アンジュ殿。リシリアをそう心配させてやるな。少し相談するくらいしてやれ」
「はい、これからはそうします。リシリア様、ごめんなさい」
「謝るのは私の方よ」
「そう言うと思って言わなかったんです。そんな風に思わないでください。私は感謝しかないのですから」
いつの間にこの子はこんなに強くなったのだろう。
胸に熱いものが込み上げてくる。
「日もすっかり暮れた。また明日にしたらどうだ」
「そうですね。リシリア様、トレ着ありがとうございます! 大切に使います!」
屈託なく笑うその姿につられて笑みがこぼれる。
「リシリアは部屋まで送ろう。アンジュ殿は大丈夫か?」
「はい。リシリア様をお願いします」
「あぁ、承った」
アンジュに言いたいことはたくさんある。
日々の労いも、努力への称賛も、返したい感謝の言葉も。
けれど胸がいっぱいできちんと伝えられそうにない。
「アンジュ」
やっとの思いで口を開く。
「はい」
「夜に走るのは禁止とします」
「えぇ!?」
「ごきげんよう」
私はそれだけ言って庶民棟を後にする。
横目で見たアルバートは笑いを嚙み殺したような顔をしていた。
しばらく歩いて庶民棟が見えなくなった頃、アルバートが可笑しそうに口を開いた。
「リシリアは素直じゃないのだな」
「どういうことです」
「そのままの意味だ」
何ですかそれ。
「あいにく素直な女ではありませんので、私に対する興味を失ってくださると幸いです」
「ふむ、そう皮肉で返すのが令嬢としてのあしらい方なのか」
「皮肉に皮肉で返すのは王家直伝の技ですか?」
そう言うとアルバートはついに噴き出した。
「ならばリシリアは王家に嫁ぐのにぴったりだな」
「ご冗談を」
隙あらばそっちに話を繋げるの、どうにかなりませんかね。
「腹が減ったな。食事はまだだろう?」
「先ほどまでアンジュにヴァイオリンを教えていましたので」
「一緒にどうだ」
うーん。
アンジュも世話になったことですし、送ってもらうという手間をお掛けしているわけですし。
無下にも出来ません。
「私でよければ」
「リシリアがいい」
星明りの中、アルバートの金髪がさらりと揺れる。
またこの人は、胸をざわつかせることを言う。




