その婚約、危険につき
私がリシリアに転生してから6年の月日が流れた。
筋トレと階段ダッシュの成果で、運動部の男子くらいの体力はついた。
その副産物として、引き締まった身体も手に入った。
「リシリアは本当に美しく育ったな」
「ありがとうございます、お父様」
珍しく家に帰った父と夕食をとっていた。
私は来週から王立学校へ入学する。全寮制の王立学校は、一度入学すると三年間出られない。
入学前に顔でも見ておこうと思ったのだろう。
「それに博学で、語学にも長けているとか」
「あら、どなたに聞いたのですか?」
「ん、いやまぁ、風のうわさでな」
使用人たちはそわそわとし始める。私の行動は逐一報告されていたのだろう。
現に私は国外追放に向けて、隣接する5カ国の地理や気候、生息する動植物をそれぞれ片っ端から覚えていった。
語学は日常会話レベルだが、それでも5カ国語を一通りマスターした。
「お前の評判は王宮にも届いているよ」
「お父様の耳にも?」
嫌な予感がする。
父は筆頭公爵家として、王宮内でも高位の官職についている。
「リシリア、お前ももう16になる。喜びなさい、アルバート王子と正式に婚約を結ぶ時が来たのだ」
来た。
私は生まれながらにしてアルバート王子の婚約者候補として育てられた。
でも正式に婚約を結んでしまったら、悲惨な運命から本当に逃げられなくなる。
「ご冗談を」
「お前もわかっていたであろう。公爵令嬢として、次期国王陛下に仕えるのが使命であると」
「嫌です」
「何?」
「お父様、そのお話、謹んでお断り申し上げます!」
私はしっかりとした口調で言った。
「そ、そんなこと出来るわけがないだろう」
「お父様! 可愛い娘がどうなってもいいのですか?!」
「可愛い娘だからこそ、これ以上ない縁談を持ってきたのだ」
「私に言わせれば、これ以上ない不幸ですわ」
国外追放の未来に黙って突き進むほどバカではありません。
「何が不満なのだ」
「嫌なものは嫌なのです。お断りしてください」
「父の仕事がどうなっても良いのか?」
「娘の人生がどうなっても良いのですか?」
話は平行線だった。
三日後、父が持ち帰った返事は「保留」だった。
完全には断ることが出来なかった。しかし今すぐ婚約せずに済んだ。上出来だ。
私はそれから意気揚々と学園生活の準備をした。
大好きだった乙女ゲーム、「プリズムティアラの約束」の本編。3年間の学園生活が始まる。
入学式当日。
門をくぐると突然強い風が吹いた。春風が巻き上げた花が視界を奪う。
「私との婚約を断ったそうだな」
低い声が不意に響く。
あぁ、スチルで見たな、この光景。
舞い上がる花びらと、春の日差しの中に立つ金髪の王子。
「アルバート殿下」
「久しいな、リシリア」
その凛々しい顔つきは、オープニングで見たそれそのものだった。
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