医務室へ
ようやく昼休みになり、私はそわそわしながら教室を出る。
医務室はどっちだったっけ。
結局ノアがなぜ医務室にいるのかわからないままだが、心配して待っているだけではどうしようもない。
かと言ってノアのことを聞き回るのも外聞が悪い。
「確か1階だったわよね」
私は乙女ゲーム「プリズムティアラの約束」のMAP画面を思い出す。
1階の端、「医務室」にカーソルを合わせれば跳べるのだが、この世界では自分の足で歩かねばならない。
ちなみに「医務室」に行けば、スタミナが回復する仕様になっていた。
「どっちの端かしら」
私は勘で歩いてみる。
すると残念なことに真反対に来てしまっていたようだ。
「うん、戻ろう」
無駄足を運んでしまったが、これで医務室の場所はわかったわけだしまぁいいでしょう。
私は真っ直ぐに医務室に向かう。
切れ目なく敷かれた真紅の絨毯は歩くたびに少し沈み、金色に輝く手すりは華奢でいやらしさのない美しさがあった。
数メートルおきに列んだウォールランプは曇りガラスを百合の形に加工していてとてもオシャレだった。
あまり周りを見て歩いていなかったけれど、やっぱりここは「プリズムティアラの約束」の世界なんだ。
豪華で可愛らしい世界観にキュンとなる。
これで私がヒロインだったらーーなんて考えてもむなしいだけだけど。
随分歩いてもうそろそろ医務室かなと思っていると、向こうに人影が見えた。
遠目に見ても誰だかわかるのは、王族にしか纏うことを許されないマントをつけていたから。
「アルバート」
「やはり来たか」
アルバートは壁に背中を預け、腕組みをしていた。
「アルバートはなぜここに?」
「お前を行かせないためだ」
「幼馴染を心配しているだけです」
「それだ」
「え?」
アルバートは眉間に皺を寄せた。
「リシリアがカンサム公を幼馴染としか思っていないなら行ってやるな」
「どういう意味です」
アルバートはやや考えてから言った。
「やつは昨日の遠乗り演習で落馬した」
「ら、落馬?! 大変ではないですか!」
「幸い身体に大事はないが……。やつは私と競うように馬を操った」
「アルバートと、競う?」
そんな無謀なこと、あのノアが?
アルバートと言えば国では知らぬ人がいないくらい、馬術にも剣術にも学問にも優れている。
次期国王として、厳しい教育を幼い頃から受けてきたからだ。
「それに私も乗ってしまった。だがやつの技術ではついてこられるはずもなかった」
「そう、ですか。でもなぜそんなことを」
「心当たりがないとでも言うのか?」
アルバートの強い目でわかる。
原因は私なのだろう。
「お見舞いに行きます。私に怪我の要因があるのならなおさら」
私はアルバートの前を通る。
「真実はどうか知らぬが」
「?」
「私はカンサム公の言い分を信じることにする」
「何のことです」
「カンサム公がリシリアに想いを伝えたという話だ」
「あ、あれは……」
「馬から落ちてまで遂げようとした想いだ。もう何も聞かぬ」
でもそれはノアの嘘だ。
私はノアを好きなわけでもないし、付き合ってるわけでもない。
「いつかお前の口から訂正したいことが出来たなら聞こう。案ずるな、私が勝手にカンサム公を信じただけのこと。リシリアは私を偽ってなどいない」
アルバートは壁から背中を離すと私の腕を掴んだ。
「今一度聞く、行くのか」
声なんて出なかった。
アルバートはノアの心を守り、同時に私まで守った。
自分がこの茶番に納得した振りをすることで。
王の器の大きさに愕然とする。
私は畏敬の念を感じながら、ぐっと唇を噛み頷いた。
「そうか」
そう言ったアルバートの目はひどく寂しげだった。
胸が痛い。私まで何かこみ上げてきそうになる。
アルバートはすっと私の腕を離した。
私は熱の残る腕を抱えながら、逃げるように医務室に向かった。




