学園デビュー
パタパタパタ。
講義室で一時間目の授業を待っていると、廊下を走る音が聞こえた。
走ってはいけないと言ったけれど、遅刻するわけにはいきませんもんね。
ガチャ。
目立たぬよう後ろから入ればいいものを、講義室の前の扉からうっかり登場するアンジュ。
「えっ、どなた?」
「あんなに可愛らしい方いらしたかしら」
ざわつく教室。
これぞまさに高校デビュー。ならぬ、学園デビュー。
「あなたご存じ?」
「いいえ、社交界ではお見かけしたことはないような」
そりゃそうでしょう。
アンジュは庶民ですから社交界になんて出てきません。
アンジュはしばらくきょろきょろした後、満面の笑みで私を見つける。
「リシリア様のご友人のようよ」
「やはりリシリア様ともなるとご友人も別格だわ。セレナ様もお美しいけれど、また違った初々しさがございますわね」
貴族棟の生徒たちはアンジュだと全く気付いていないようだ。
それもそのはず、昨日ぴかぴかに仕上げた黒髪ストレートはきれいにハーフアップに纏められ、どこからみても可憐なご令嬢。
そして昨日お直しした、制服である白のミニドレス。
これがアンジュの小柄な体型にぴったりで、無垢な可愛さを一層引き立てた。
「ごきげんよう、リシリア様」
余裕が出たのでしょうか。口調まで柔らかくなった気も。
「ごきげんよう、アンジュ」
私が言うと貴族たちを中心にどよめきが起こった。
「え? え? 私また何かやってしまいましたか?」
アンジュは怯える小動物のように肩をすぼめた。
「アンジュの可憐さにみんな驚いたのよ。先生がいらっしゃるから座りなさい」
「は、はい! 失礼します!」
そう言うとアンジュは当然のように私の左隣に座った。
懐いてくる感じもちょっと可愛いじゃないですか。
「髪、素敵に出来ましたね」
私は生徒たちの視線など無視してアンジュに話しかける。
「リシリア様にいただいた紙を見ながら頑張りました! 時間が掛かってしまいましたが」
そう。
昨日の個人レッスンの最後に、簡単なヘアアレンジのやり方を書いた紙を渡したのだ。
ハーフアップ、かたおさげ、ポニーテール、シニヨン。
何を選ぶか楽しみにしていましたが、ハーフアップは清楚な感じがプラスされて良いですね。
さらさらの髪も存分に生かされていますよ!
「明日はもう少し早く起きて、廊下を走らずに済むようにね」
「は、はい。すみません」
何だか私、生活指導の先生のようですね。
さて、生活指導ついでに気になることがもう一点。
あの真面目なノアの姿が見えません。
「やつなら来んぞ」
「おはようございます、アルバート。誰のことを仰っているのですか」
アルバートは空いていた私の右隣に座る。
アンジュやアルバートがギリギリに教室にやってくるのは想定の範囲内。
だがノアがこんなにギリギリになってもいないなんて。
「探しているのはカンサム公だろう」
「ノアですか? 確かにいないようですね」
探しているなんて思われたら、ますます事態がややこしくなりそうです。
気にはなりますが、素知らぬふりで通しましょう。
「やつなら昨日から医務室に泊まっている」
「医務室? なぜです」
ノアに何かあったのだろうか。
アルバートは何も返事をせず、無情にも始業の鐘が鳴り響いた。




