転生ショック
「なんですかこれは」
私はテーブルいっぱいに並べられた朝食の量に愕然とする。
ハード系のパンとふわふわ系のパン。甘い系におかず系、プレーンタイプと揃っている。その脇にはスコーンにシリアル。主食だけで一体どれくらいあるのですか!
そしてサラダ、ベーコン、ポーチドエッグ、魚の燻製、スープにマッシュポテト。
フルーツに至っては、芸術作品のごとく立体的に盛られて手のつけどころがわからない。
「お気に召しませんでしたか?」
「そうではなく! もったいないでしょう!」
国外追放なんてされた日には、明日の食べ物にも困る生活が待っているというのに!
「そのようなこと、今まで仰らなかったではないですか」
メイドは不思議そうな顔をしていた。
「今日の昼食からこのような食事は止めにしてください。ワンプレートで十分ですわ」
「ですが、公爵令嬢がそのような質素な食事では……」
「どうせ食べないのですから一緒でしょう!」
「旦那様に面目が立ちません。十分な費用もいただいておりますし、ご用意しない訳には」
「ではお父様には内密に。私の食事はワンプレートにのる分だけで結構です。浮いた食費は私のために貯金しておきなさい」
貯金したお金が国外で使えるかはわからないけれど、丸裸で放り出されるより貯えはあった方がいい。
「かしこまりました」
私はシリアルとフルーツ、ポーチドエッグを食べてごちそうさまをする。
「部屋に戻ります。くれぐれも食事のこと、よろしくお願いしますね」
私は足早に私室へ向かう。
何で悪役令嬢なんかに転生してしまったのだろう。お姫様とか王子様付きとか余計な欲を出さなければよかったのだろうか。
いやでも提案してきたのは向こうだし、何だかもうやりきれない!
「はぁっ! はぁっ!」
しかもこの身体、すごく息が切れる!
「ふぅ、ふぅ、ぜぇ、ぜぇ」
私は壁にもたれた。
前世ではどうだったっけ。
10歳くらいと言えば、50メートルを9秒台で走ってた?
この身体、走れるのかしら。
私は長い廊下の先を見つめた。
「だいたいあの扉まで50mくらいかしら」
靴を脱ぎ捨て右足を半歩引く。
「よーい、ドン!」
私は思いっきり走り出した。
そして数メートルも走らぬうちに足がもつれて転んだ。
「ありえない。この身体、きっと走ったことがないんだわ」
明らかに足が回らないし、腕だってうまく振れなかった。身体が未知の動きについていけない、そんな感覚。
カルチャーショックならぬ、転生ショックがすごい。
「リシリア様っ?! 誰かっ! 誰か人を!」
私が廊下の絨毯にうつ伏せで転んでいると、悲鳴にも似た声が響いた。
「だ、大事ありません」
「動いてはなりません。お怪我は? 具合が悪いのですか?」
「平気ですわ。走ってみたら、転んでしまったの」
「ど、どうしてそのようなこと」
メイドの顔は恐ろしいものでも見るように青くなった。
あぁやっぱり、リシリアは走ったことがない。それどころか早足で歩くだけでもすぐ息が上がる。
これではならず者や動物に追いかけられた時ひとたまりもありません。
私は国外追放に向けて、とりあえず身体を鍛えることにした。