対峙
私とノアはむず痒い雰囲気の中サンドイッチを食べた。
たまに視線がぶつかると、ノアはふにゃっとした顔で笑った。
そのたびに私の中の罪悪感は増した。
やっぱりノアの提案を受け入れるわけにはいかない。
ノアの心を利用することはもちろんのこと、公爵令嬢リシリアとしてアルバート王子殿下に嘘をつくわけにはいかない。
これでもこの国の筆頭公爵家として、王族への忠義はあるのだ。
偽るだなんてとんでもない。
食事を終えて次の講義室へ向かう途中、私はノアに言った。
「ノア、さっきのことだけど」
「うん?」
「ごめんなさい、やっぱりあの話――」
「全く仲が良いものだな」
後ろを振り返るとアルバートがいた。
その斜め後ろくらいにセレナもいた。
「幼馴染ですから」
私は冷静な声で言った。
「アルバート王子殿下。僕たちは幼馴染でしたが、先程リシリアに想いを伝えました」
「ほう。なぜそれを私に?」
ノア!? どうしたのですか!?
「僕たち、交際することになったのです」
「な、ノア、何を」
なってません!
恋人のフリだって、今まさにお断りするところでしたよ!
「リシリアが貴殿を好きだと?」
アルバートは高圧的な声で言った。
「リシリアの想いを僕が言うわけには参りませんが、交際をするということはそういうことだとお察しください」
「そうか。だが私はあいにく察するのが苦手でな」
アルバートの鋭い視線は私へと向けられた。
「リシリアの口から聞かねば信用出来ぬ」
どうすればいい。背筋に冷汗が流れる。
王族に嘘をつくなど出来ない。
けれどここでノアに恥をかかせることなど、私に出来るだろうか。
転生したけれど、確かにリシリアとしての記憶もある。
公爵家同士、孤独な毎日を互いを支えに生きてきた。
幼い頃からの辛い妃教育だって、ノアという友人がいたから頑張れたようなもの。
「あ、あの。私は」
喉の奥がカラカラになって、言葉が引っかかるような感覚を覚える。
「殿下、リシリアを困らせないでいただきたい」
ノアはアルバートの視線を遮るように私の前に立った。
「リシリア、どうなのだ」
「僕への愛の言葉など、殿下にお聞かせすることではありません。お引きください」
二人の間にはただならぬ空気があった。
私は何も言えずにいた。
「リシリア、よく聞け」
私はノアの肩越しにアルバートを見る。
「私がリシリアを妻に娶るなど造作もない。リシリアを妻にと言えば、お前はもとより父親も断れぬ」
それはそうだろう。
アルバートは一国の王子なのだから。
「だがなぜそうしないかわかるか。そうすればお前は我が妻となるが、その心は永遠に手に入らない。私はそれを良しとしない」
だから婚約を断った時も、特にお咎めも説得もなかったのか。
「私はリシリアの嘘偽りのない心で、私の元に来ることを望む。妻となる女性に心を偽らせるなど、私には出来ぬのでな」
それを聞いてノアは私の方に振り返った。
やるせないような、泣き出しそうな、そんな顔をしていた。
「行こう、リシリア」
そう言った唇は震えていた。
私はノアに手を引かれるまま講義室へ入った。