モモタナの縁談
「というようなことが、ありまして」
「まぁ結婚式だなんて素敵ね。これは私も気が抜けないわ。本番もとっても盛大にしましょうね」
12月。
年内最後の講義でザラ様にお話ししたのは学園祭のことだった。
「あ、そうそう。結婚と言えばモモちゃんがね?」
「モモタナ様ですか?」
隣国エーコットの王女で、1年前ともに王妃教育を受けていたモモタナ様。
まだ1年しか経っていないのに、随分懐かしく感じる。
「縁談を次々断っているらしいんだけど、何だか好い人がいるみたいなのよぉ」
「そうなんですか!?」
あの王女様と上手くやっていける男性ってどんな人なんだろう。
「それが、うちの執政補佐官みたいで。エーコットの王様からクレームが来ちゃって」
執政補佐官?
交流があったのは、ノアかクロードくらいだけど。
「どうご対応を?」
「うちの補佐官は優秀よと言っておいたわ」
「お相手は誰か、ザラ様はご存知なのですか?」
「ふふふ」
答える気はなさそうです。
そんなことされたら否が応でも確かめたくなりますけど。
私は講義が終わるとアルバートの部屋に向かった。
忙しい執政組は、たいてい鐘が鳴っても「残業」している。
案の定、前室にはノア、クロード。
それから2年生で、モモタナ様の弟のトマスティオ殿下がいた。
「ごきげんよう」
さぁ、何と切り出そうか。
「やぁリシリア。殿下なら隣だよ」
ノアはちらっと顔を上げて言った。
「ありがとう」
でも用事があるのはそっちではないのです。
「トマスティオ殿下、お勉強はいかがですか?」
「ここのお兄さん方がすっごい厳しくてさ。とっととエーコットに帰ってればよかったって毎日後悔してるよ」
お人形のようなきれいな顔立ちは、一年前より少し成長して艶っぽい美男子になっていた。
「モモタナ様とはご連絡を取っていらっしゃるのですか?」
「姉様? うん、まぁ、たまに」
ふぅん。少し揺さぶってみましょうか。
「モモタナ様のもとには縁談がたくさん来ているそうですね」
カチャン!!
盛大な音を立ててカップをソーサーに置いたのはクロードだった。
なるほど。モモタナ様のお相手は貴方でしたか。
「姉様に釣り合う男なんてエーコットにはいないよ。俺を除いてはね」
「姉弟では結婚出来ないでしょう?」
「結婚せずに一生守ればいい」
そういえば重度のシスコンでしたね。
「エーコットにはいないかもしれませんが、他の国にはいるかもしれませんね? モモタナ様のお相手に相応しい男性が――」
「いたら殺す」
トマスティオ殿下がそう言うと同時にクロードが立ち上がった。
「俺はっ! 殺されないっ!」
「は? クロード先輩どうしたの?」
「先輩じゃない」
「え、何?」
「兄さまと呼んでいい!」
クロードの話の下手さは相変わらずのようです。
「何で俺が兄さまなんて呼ばなきゃならないのさ」
「それは、俺がモモタナ様と結婚するから……です!」
「……」
固まるトマスティオ殿下。
ノアまで書類から顔を上げましたよ。
どうしましょうこの空気。
「クロードはモモタナ様と好い仲なの?」
「はい。この学園を出てから、ずっと文のやり取りをしていて」
「はぁ!? 俺、聞いてないんだけど!!」
弟に逐一恋愛事情を伝える姉もそうそういないと思いますが。
「好きだとも伝えたし、モモタナ様もそう言ってくれた。将来一緒になろうとも」
「それは確かなのですか?」
「も、もちろん! 普段は余計なこと言っちゃうけどさ、手紙は出す前に何回でも読み返せるし、書き直せるでしょ? だから、勘違いとかではない」
クロードは顔を真っ赤にして言った。
「嘘……でしょ」
「弟なら知ってるだろ? モモタナ様が手紙ではとても素直なこと」
「そ、そりゃあ」
なんと、手紙だと素直になるタイプですか。
私も書いてみたくなりました。
「それに指輪も送ってある。お返しに、お揃いの石を填めた懐中時計をもらったし」
しゃらりと鎖の音がして、ポケットから懐中時計が現れる。
蓋を開くとそこには「M to C」(モモタナからクロードへ)の刻印があった。
「なっ、なっ! 認めないぞ!」
「何だ、騒がしいな」
「アルバート、お邪魔しています」
「リシリアか。いたなら声を掛けろ」
「すみません」
「で、何の話だ」
「モモタナ様とクロードが結婚するとか――」
「しない!!」
「する!!」
将来の義理の兄弟が睨み合っていますよ。
「そうか、めでたいな」
「めでたくない!!」
「めでたい!!」
結構いいコンビになるのでは?
なんて思うのは不謹慎でしょうか。
「だから進路希望に外交を希望していたのか。エーコットとの交易を勉強していると言っていたな」
「はい!」
「前向きに検討しておく」
アルバートがクロードに笑いかけると、トマスティオ殿下の顔は青くなった。
「しなくていいー!!」