男子会
「だいたい婚約の話が破談になったって聞いてたのに、殿下一体どうやったんですか」
ノアは座った目で赤ワインを煽った。
「どうもこうも、ただ好きだと言い続けてきただけだ」
「は? それだけ?」
そもそもリシリアは、最初から私に全く気がないというわけではなさそうだった。
ふと悲しそうな目をしては「もっと相応しい人が現れるから」と距離を取ろうとしていた。
まぁそんな距離なんて取らせるわけもないが。
「それだけと言うが、ノアの足りないところはそこだぞ? 変に策を巡らせて両想いの振りをしたり、私に馬で挑んで落馬したり、リシリアの負担を軽くしようとしたのか知らんがアンジュの家庭教師を申し出たり」
「それの何がいけないんです」
「そんなことをしている暇があるなら、真正面から好きだと言い続ければよかっただろう」
「ぐっ……」
ノアは空になったグラスを机に置いた。
「大先生だってそうだ。いくらでも二人の時間があったのにな」
「だって……あの時は曲を書かなきゃいけなかったし……」
「私ならリシリアを膝の上に乗せて楽譜を書くぞ」
「膝!?」
ギュリオは目をつむってウイスキーを飲み干した。
「だいたい私は一度婚約を辞退されている身だぞ? ところがお前たちはどうだ。ノアは気心の知れた幼馴染で久々の再会、ギュリオは実行委員として密にやり取りをする仲。アドバンテージは貴殿らにあっただろう」
「俺に、アドバンテージ?」
「それを何だかんだと理由をつけて生かさなかったのはそっちだ」
空になったギュリオのグラスに氷とウイスキーを入れてやる。
ノアは手酌で飲んでいるから放っておいていいだろう。
「神聖な音楽の場に、そんな破廉恥なこと……」
「そうだよ。学生の本文は学業なのに、恋愛にかまけるなんて」
「知らん」
今日の酒は一段と美味い。気がする。
「私は不本意だったが学園祭で主役もやった。成績もノアを抜いた。だがリシリアを手に入れた。欲しいなら全て手に入れればよかっただけのこと」
ノアは肩を落とし、ギュリオはとうとう自分でウイスキーを注ぎ始めた。
「いつまでも傷心に浸っていないで、見合いでもしたらどうだ」
「見合い話はいっぱい来てますよ」
「カンサム公爵家の将来有望な執政補佐官殿だからな」
「忙しすぎて見合い写真を見る暇もありませんけどね?」
恨めしそうな目を向けるノア。
「王城に入ればもっと忙しくなるぞ」
「僕、リシリア妃付きを希望しようかな。妃と言えども内政にも外交にも携わるんでしょ? リシリア妃付き補佐官、いい響きだ」
「お前には財務に就いてもらう予定だ」
「冗談を真に受けないでくださいよ。今夜くらい夢見たっていいでしょう」
「断る」
「大先生は見合い話はないのか?」
「知りません。あっても断りますけど」
「結婚しないのか」
「家は兄が継ぐし、必要性を感じませんね。それに俺、やっぱりリシリアさんのこと好きなんで」
ギュリオは酩酊した声で言った。
「ちょっと、ギュリオ酔いすぎだよ」
ノアが制止するのも聞かず、ギュリオは饒舌に話し始めた。
「いや、言わせてもらいますけどね。何と言われようと、俺はリシリアさんが好きなんだ!」
「ほう?」
「俺の世界を初めて認めてくれて、隣で笑ってくれて。あの美しい顔に微笑まれただけで俺はっ!」
「ギュリオって酔うと面倒臭い」
ノアは背もたれにもたれて息を吐いた。
「いいんだ。俺、一生誰とも結婚しない。リシリアさんへの想いだけで生きていく。そしてそれを音楽にする」
「女はいらんのか」
「偽りの結婚をしたら、俺の魂が、音楽が穢れる」
「ギュリオ、いい加減にしなよ。いくら僕でもそんな気持ち悪いこと殿下の前で言わないよ」
「崇高な愛だよ。リシリアさんが幸せでいてくれたらそれでいい。そして俺の音楽を聴いて、一瞬でも心を奪われてくれたらそれで……リシリアさん、好きだ」
ギュリオは誰もいない空間に向かって呟くと、そのまま目を閉じでソファーに倒れ込んだ。
「ちょっとギュリオ~」
「酔わせてみるものだな」
「笑ってる場合ですか」
「こんな大先生、滅多に見れんぞ?」
「あぁもう何かにつけて余裕なのが腹立つなぁ」
「リシリアは私のものだ」
「はいはい」
私は立ち上がって眠りこけるギュリオの隣に座った。
「大先生にも言っておこう。リシリアは私のもだ」
「はぁい」
全く愉快な酒だ。
しばらくするとノアもうとうとし始め、寝息が聞こえた。
確かに飲みすぎた。立ち上がると足元が少しふわふわしている。
「おい、何かかけてやってくれ」
「殿下、こんな時間にどちらへ行かれるのです」
「リシリアの部屋で眠る」
「こんな時間にですか?」
執事は呆れた声を隠そうともしない。
「あぁ。リシリアの話をしていたら妙に恋しくなった」
「この者たちはどうします」
「朝まで寝かせておけ。起きて私の所在を聞かれたら、リシリアの部屋だと伝えろ」
「またそんな意地悪を」
「私より先に眠るのが悪い。阻止したければ最後まで起きていればよかったろう? そういう詰めが甘いところがリシリアを手に入れられなかった敗因だな」
「上機嫌ですね」
「あぁ、そうだな」
何か言いたげな執事に背を向け部屋を出る。
シーラは「やっぱり」といった顔をしていたが、咎めることもなく扉を開けてくれた。
ナイトドレスに身を包んだリシリアは、静かに胸を上下させて眠っていた。
この可愛らしい女が自分の妻なのだ。
そう思うと底知れぬ充足感に満たされる。
「離さんぞ」
聞こえていないのはわかっているが、そう言わずにはいられなかった。