サプライズ結婚式
ダンスホールの天井まで続くほど高い扉の前に、ノアとクロードがいた。
執政補佐官組が並んでいるのを見るのも久しぶりな気がする。
「やぁ、リシリア。綺麗だね」
「ありがとう、ノア」
「こんなに綺麗なリシリアを送り出すのは惜しいけど、でも殿下より先に見られたから文句言っちゃいけないね」
ノアは嬉しそうに言った。
「うぅ~監督っ。いや、監督じゃないですねっ、新ぷっ!!」
クロードの口をノアが慌てて塞ぐ。
「クロードは黙ってようか」
「あぁ、俺またやっちゃうところだった」
「いやもうほとんどやっちゃてるけど。まぁもういいか」
ノアとクロードは扉の左右にそれぞれ分かれ、取手に手を掛けた。
「アンジュさん、いつでもいいよ」
「は、はぁい」
アンジュは上を向いて必死に涙を止めていた。
「リシリアの手を引く役、僕が変わってもいいよ?」
「ノア君、殿下に殺されますよ」
「あはは!」
ノア、何ですかその笑いは。
「リシリア様、少しかがんでいただけますか?」
アンジュは濡れた黒い瞳を私に向けた。
私が少しかがむと、アンジュはベールを下げた。
「ベールダウン? 何だかほんとに結婚式みたいね」
「リシリア様、行きましょう」
アンジュが私の手を掴む。
「リシリア、行ってらっしゃい。幸せになって」
ノアがそう言うと、一気に扉が開かれた。
「っ!」
まばゆい程の光が目に飛び込む。
足元の真っ赤な絨毯は真っ直ぐに続いていて、その先には愛しい人の姿があった。
私の作ったタキシードに身を包んだ、アルバートの姿が。
アンジュのエスコートで私はダンスホールへと足を踏み入れる。
両脇には腰ほどの高さの花筒がならび、そこには真っ赤な薔薇が詰まっていた。
そしてその向こう側に、参列者のようにならぶ皆の姿があった。溢れんばかりの笑顔。その手は惜しげもなく拍手を送る。
そして拍手に負けないくらいの優美なメロディーが耳に届く。このヴァイオリンの音色はギュリオだ。
私は胸が詰まったようになって、熱いものが喉元まで込み上げてきた。
「殿下、リシリア様をお願いします」
アンジュはアルバートにそう言うと、私の手をそっとアルバートに渡した。
「あぁ、任された」
アルバートは私の手をきゅっと握ると、バージンロードの先を歩き始めた。
祭壇の前に立つと、神父の格好をした生徒が現れる。
確か聖職者の家系だと言っていた。
「では誓いの言葉を」
「私はリシリア=ノックスを妻とし、永遠の愛を誓う。そしてともにこの国を安寧へと導くことを誓う」
アルバートの唇が誓いの言葉を紡ぐ。
その目には一切の曇りがなくて、澱みのない声だった。
「新婦はこの誓いを受け入れ、誓いますか?」
「はい、誓います」
私はしっかりとした声で宣誓する。
「では誓いのキスを」
ベールの向こうに見えるアルバートはいつにも増して素敵に見えた。
金色に輝く髪も、整った目鼻立ちも、長いまつ毛も、いつも愛を囁いてくれる唇も。その全てが愛おしい。
アルバートがベールに手を掛けると、その視界がふわっと開けた。
「リシリア、愛している」
小さく唇を動かしたアルバートは私の肩を掴んで優しく引き寄せる。
私が目をつむると、柔らかくて温かな熱が唇に触れた。
「殿下〜! リシリア様〜! おめでとうございます〜!」
一連の儀式が終わると、会場は立食パーティーへと姿を変えた。
ラッタとナナが嬉しそうに駆けてきた。
「ご苦労だったな」
「ありがとう。こんなことを企画していたなんて、全然気付かなかった」
「そりゃあそうですよ! 気付かれないよう準備しましたからね。アンジュが護衛でよかったです」
隣に控えていたアンジュを見ると、照れくさそうに笑っていた。
「私たち庶民だから、結婚式の本番は出られないじゃないですか。でもどうしてもお二人をお祝いしたくて! 一計を案じました!」
ナナが興奮した声で言った。
その言葉に思わず目尻に涙が浮かぶ。
「私も、皆に祝ってもらって、本当に嬉しい」
こんなに温かい結婚式ってない。
気のおけない級友に見守られて、大好きなアンジュにエスコートされて。
「殿下! リシリア様を幸せにしてくださいねぇ!」
「承知した」
「キャー! いいなぁー!」
ラッタとナナはぴょんぴょん跳ねながら会場の奥に消えた。
「アンジュも、素敵なベールをありがとう」
「殿下にめくられちゃいましたけどね!」
その言葉にカッと顔が熱くなる。
困ってアルバートの方を見ると、アルバートの頬も赤くなっていた。
「そ、そういうものだろう」
「まぁそうですけどー。ノア君なんて、リシリア様のキスシーン見たくないとか言って、扉の開閉係志願してましたからね。ちょっと気持ちわかりました」
ええっと……。
「ノアはまだそんなことを言ってるのか」
「寂しいんですよ、リシリア様を取られちゃうのが」
「ふふ、何も変わらないわ。私とアンジュはずっと親友だし、ノアはずっと幼なじみよ?」
「そうなんですけど〜」
「ほら、アンジュも着替えてきたら? せっかくの夜会なんだから、ドレスの方がいいでしょう?」
「いいえ、リシリア様の護衛の方がいいです。それにこんなに綺麗な花嫁さん、誰に狙われるかわかったもんじゃないし!」
「最もだ」
「アルバートまで……」
「あ、ほら。話をしてれば来ましたよ」
グレーのモーニングに身を包んだギュリオが近付いてきた。
「おめでとうございます、殿下、リシリアさん」
「今日の曲は大先生が?」
「はい、以前お約束しましたから」
「そうか、素晴らしい曲だった」
「このあとのダンスでもいくつか新曲を演奏しますので、楽しんでください」
「あぁ、そうしよう」
「リシリアさんも、是非」
「えぇ、もちろんです。ありがとう、ギュリオ」
幸せだ。
こんな風に皆に祝福してもらえるなんて思ってなかった。
幸せなダンスパーティーは夜更けまで続いた。