学園祭(午前の部~午後の部、夜会準備)
「リシリアと芝居を観るのは初めてだな」
「そうですね。楽しみです」
1年生のお芝居を見るため、二人でボックス席に座っていた。
客電が落ちると右手にアルバートの手が重なった。
「あ、あの」
「しっ。始まるぞ」
アルバートはにやりと笑うと舞台に目をやった。
最初は大人しかったその手は、私がアンジュとのダブルキャストで歌った場面にくるとゆっくりと動き始めた。指の間をなぞるように動くその手に思わずドキドキしてしまう。
私が手を離そうとすると、ぎゅっと手首を掴まれる。
その力強さに不覚にも心臓が跳ねた。
ちらりとアルバートの顔を覗き見るも、その青い瞳は舞台に向けられたままだ。
私ばっかりドキドキして、もう一体何なんだろう。
「アルバート、ああいうことはやめてください」
終演後、私たちは模擬店のならぶ中庭を歩いていた。
「何のことだ」
「わかってるくせに」
「そうむくれるな」
「むくれもします」
「そうじゃない。そんなに可愛い姿を人前で見せるなと言っている」
アルバートはいつにも増して甘々で、私の髪に軽くキスをした。
「っ! また! 人前でっ」
「王太子とその妃など、人前で仲良くすることに価値があるのだぞ?」
「そうでしょうか」
「少なくとも陛下と母上は憚らないぞ。まぁ節度はあるがな」
「そう、節度! 節度です!」
「今のうちに慣れておけ」
アルバートは私の腰をぐっと引き寄せた。
重心がぐらりと揺れて、アルバートの胸に抱き留められるようになってしまう。
「な、何を」
「目を開けたままするのも悪くないな」
「んんっ」
唇が重なった瞬間、周囲の声が色めき立った。
私はアルバートの胸をぐっと押し返す。
「アルバート!」
「ははっ、腹ごしらえがまだだったな」
そう言って私の手を掴むとアルバートは再び歩き出した。
顔を緩めちゃって、何でこんなに機嫌がいいのでしょう。
「リシリア様、お邪魔しまぁす」
昼食後、一旦部屋に帰って夜会の準備をしていると、ラッタとナナがやってきた。
「どうしたの?」
「リシリア様のお衣装お持ちしました」
「衣装? 私の?」
私は髪を梳いているシーラを鏡越しに見た。
シーラはにっこり頷いた。
「じゃーん! これでーす!」
目に飛び込んできたのは純白のドレスだった。
シンプルだけととても上品で、思わず息を吞む。
「これを私が?」
「はいっ!」
ラッタは満面の笑みで言った。
「でもこれじゃあまるで……」
ウエディングドレスだ。
そう言おうと思ったけれど、シーラに遮られた。
「お着付けはこちらでさせていただきます。お二人は会場の方でお待ちくださいませ」
「シーラさん、お願いします!」
素早い手際で白いドレスを着せていくシーラ。
キュッキュッと背中の紐が編まれていく。
「苦しくはありませんか?」
「えぇ。だけどこれ、サイズもぴったり。フッティングなんてしてないのに」
「不思議でございますか?」
シーラはにこにこしていた。
この使用人は全部知っていたのだろうか。
「シーラ、あなたも関わってるの?」
「さぁ、どうでございましょう」
何やら嬉しそうなシーラは、私に装飾品をつけていく。
キラキラ輝くダイヤのイヤリング。胸元を飾るネックレス。
だけど髪には何もつけなかった。
「アンジュ様、よろしいですよ」
シーラが前室に控えるアンジュに声を掛けた。
するとほどなくして目を赤くしたアンジュが部屋に入ってきた。
「アンジュ!? どうしたの!?」
「なっ、なんか、感極まっっちゃって」
ぐすぐすと鼻をすするアンジュは手にレースのベールを持っていた。
「まぁまぁ、これからですのに」
シーラはクスクスと笑うとアンジュの手からベールを取った。
そして私の髪にコームを差し込んだ。
「リシリア様ぁ~、綺麗ですぅ~」
「ありがとう。でも泣くほどじゃあ……」
「泣きますよぉ~」
泣いているアンジュを見ていてふと気が付いた。
「これって、アンジュが編んでいたもの?」
アルバートの衣装を作る私の傍らで、アンジュは一生懸命レースを編んでいた。
アンジュはこくこくと頷く。
「さぁさぁ、そろそろお時間ですわ。主役が遅れてはいけませんから」
主役?
誰のことだろうと思ったのも束の間、シーラに促され私は椅子を立つ。
「アンジュは着替えないの?」
アンジュは騎士団の正装に身を包んでいた。
白の細身のパンツにブラウスと胸には紋章。その上には濃紺のマントを羽織っていた。
「今日はこれで、リシリア様をエスコートするのでっ」
「アンジュが?」
アルバートではなく?
「殿下はっ、ひっく。会場でっ、お待ちですのでぇ~」
「そ、そうなの」
それにしても泣き過ぎです。
「ではいってらっしゃいませ」
シーラの見送りで私とアンジュは部屋を出た。