最後の学園祭
夏休みが明けてすぐ、私たち3年生はダンスホールに集められた。
「今年も学園祭の準備に入ります。3年生は夜会のプロデュースと運営です。最後の行事ですので楽しんでくださいね」
先生は穏やかな声で言った。
それとは対照的に、黄色い声がぱっと咲いた。
「実行委員、やりたいです!」
「私も!」
手を挙げたのは庶民棟の仲良し二人組、ラッタとナナだった。
二人の立候補はあっという間に拍手で承認される。
「今年の夜会ですが、正統派でいきたいです! 仮面舞踏会とか、体育大会じゃなく!」
それは私も望むところだ。
でも庶民出身の二人に、正統派の夜会って見当がつくのだろうか。
そんな野暮なことを考えてる間にも、また承認の拍手が鳴った。
「皆さん忙しいと思うので、仕事の割振りは個別に連絡しますね! よろしくお願いしまーす!」
明るく楽しげな声が高い天井に響いた。
「リシリア様。お客様がお見えでございます」
「誰?」
「ラッタ様とナナ様でございます」
「通して」
初めの話し合いから5日後、ラッタとナナがやってきた。
「リシリア様には殿下のお衣装をお願いしたいのですが」
「私が?」
「はい! アンから洋裁が得意だと聞きました!」
扉のそばに控えているアンジュがにこりと笑って見せた。
「デザインは出来てるの?」
「はい! これです!」
広げられたのは真っ白なタキシードだった。
「ザ☆王子様って感じでデザインしてもらいました!」
「うん、これは王子様って感じするかも」
「でしょでしよ?」
スラリと伸びたスラックス。ベストには金色のボタン。少し細身の燕尾はきっとアルバートにぴったりだ。
「他に衣装係は?」
「リシリア様お一人です!」
「一人?!」
「あ、でも型紙はあるし、作り方もあるんで、準備期間いっぱい使えば仕上がりますよ〜!」
前のめりになって説明する二人を前に「無理」とは言えなかった。
それに1年生の時、ラッタとナナには随分頑張ってもらったし。
「任せて、きちんと仕上げるわ」
「そうこなくっちゃ!」
「リシリア様が本気出したらすごそう!」
ラッタとナナはキャアキャア手を合わせて喜んだ。
「生地は決まってるの?」
「いえ、ここからは全てリシリア様にお願いします!」
私はシーラをちらりと見た。
「明日生地を見られるよう手配しておきましょう」
「ありがとう」
翌日の午後、生地を巻いた大量の筒を持った商人が私を訪ねてきた。
「この光沢、上品で素敵ね」
「いやぁ奥様、お目が高い」
奥様……。
あと半年もしたら、そう呼ばれることが当たり前になるのか。
「これはとても柔らかくて着心地が良さそう」
「こちらは最高級の品でして」
私は候補の布をピックアップしていく。
「糸も見せていただける? それからボタンと……」
布が決まればそれに合わせた糸を決め、アクセントとなるボタンも選んだ。
「ありがとうございました。どうぞ末永くご贔屓に」
全て選び終える頃には夜になっていた。
「リシリア様、熱心にお選びでしたね」
「アルバートの衣装ですから、半端なものは作れません」
「ふふ。殿下もお喜びになりますわ」
うん、そうだといいな。
浮き足立つってこんな感じかしら。
シーラもにこにこしていてとても楽しかった。
「アンジュは何の係なの?」
残暑が残る午後、私は執務机に生地を広げ型紙に合わせて線を引いていた。
その向こうでアンジュは黙々とレースを編んでいる。
「女性用の小物作りです」
「随分繊細な作りね」
「魂込めて編んでますよ」
その手は1年生の時のように白くもないし柔らかくもない。ささくれていたり、爪がへこんでいたり、マメが出来ていたりする。
けれどその細い指先は、一針一針丁寧にレースを編んでいた。
「楽しいわね」
「楽しいですけどちょっと寂しいです。学園祭終わったら、そこからってあっという間じゃないですか?」
確かに。
学園祭が終わればすぐに期末考査モードに入る。
そのあと短い冬休みがあって3学期へ突入。その3学期も毎年あっという間に過ぎる印象だ。
「いっぱい思い出作りましょう」
私はアンジュに微笑みかける。
「はい!」
アンジュはとびきりの笑顔で返事をした。
3回のサイズ合わせをして、無事アルバートの衣装は完成した。
本当に学園祭ギリギリになってしまったけれど、白いタキシードに身を包んだアルバートは眩しいくらいに格好よかった。