アンジュとランカ
「ランカ、久々の学園はどうだ」
「卒業したのが随分昔のことのように思いますよ」
私とアルバートは前室の応接セットに座り、アンジュとランカ先輩は扉の近くに立っていた。
これが王族と騎士の距離なのだと改めて感じる。
「そうか。訓練の方はどうだ? ランカの目に適うものがいればいいが」
「夏休みにしては上々の仕上がりかと。頭が良い者が多く、飲み込みが速いですよ」
「ならいいが。少しリシリアが心配していてな。昨日はアンジュが倒れたとか?」
アルバートはアンジュに目を向けた。
手首にはまだ包帯が巻かれていて、顔には新しい擦り傷が増えている。
「これくらい、全っ然! 平気です! 今日は気絶しませんでしたし!」
アンジュは誇らしげに言った。
「辞めるという選択もあると思うが? 女の幸せというのもあるだろう」
「何です。リシリア様に説得するよう言われたんですか? 辞めませんよ、私!」
「命を失うことがあったとしても?」
アルバートは刺すような目でアンジュを見た。
でもアンジュの真っ黒な目は、怯むことなくその目を見返していた。
「殿下、失礼ですね」
その言葉に先に反応したのはランカ先輩だった。
「アンジュ、言葉を選べ。相手は殿下だぞ」
「殿下だろうが何だろうが、失礼なもんは失礼でしょう! 私は騎士団に入った時から心を決めてますから。この命は国とリシリア様のためにあるのです。今更命が惜しいとか、そんな風に思ってるわけないでしょう!」
「ははは! 勇ましいな!」
「バカにしてます!?」
「いや、感心している。ランカ、アンジュが上級へ進級出来る見込みは?」
「体術を鍛えれば十分可能ですよ」
「そうか。ならばアンジュ、さっさと上級へ上がれ。そうすれば卒業後は正式にリシリアの護衛として雇い入れよう」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、約束しよう」
アンジュの顔がぱぁっと明るくなる。
「皆さん、聞きましたよね!? そこの執事さんっ、面会記録に書いといてくださいね!?」
部屋付きの執事はにこにこ笑っていた。
「そんなことをせずともここに契約書があるぞ。心が決まったらサインしておけ」
アルバートは懐から紙を1枚取り出した。
そこにはアンジュが騎士団の上級クラスに上がることを条件に、卒業後の進路を保証する旨が記されていた。
「今します!」
「いいのか?」
「やっぱりやめたとか言われたら嫌なんで!」
アルバートは肩を震わせて笑った。
「リシリアもこれで幾分安心だろう?」
「はい」
どこかで野営してるかもしれないとか、前線に送られたとか聞くよりは随分マシだ。
アンジュは床に膝をついて、応接用のローテーブルの上でサインをした。
「ランカも来年には近衛騎士団に異動してもらわなくてはな」
「よろしいのですか」
「お前たち、結婚するんだろう?」
「はい」
その言葉に私とアンジュは固まった。
「夫婦は近くにいた方がいい。それにお父上もそういうお考えでランカをここに寄越したのだろう」
「何も聞いていませんが、そうかもしれませんね」
「な、何の話!?」
アンジュは全身真っ赤で大きな声を出した。
「卒業したら結婚するだろう」
「き、聞いてない!」
「そんなはずはない。卒業式の日にプロポーズする約束だろう」
「そ、それはそうだけど、いきなり結婚って何!?」
「プロポーズとは結婚の約束だと思っていたが――。殿下、私の思い違いでしょうか」
ランカ先輩は平然とアルバートに話を振った。
「いや、思い違いなどではないぞ」
「殿下もそう仰っているが、何が不満だ」
「だ、だって、ランカ先輩のお父さんにも会ったことないし、私の両親だって――」
「もう会っているだろう。1学期の期末考査でも言葉を交わしたと言っていたぞ」
「誰!?」
そう言えば騎士団専攻の試験には、騎士団の偉い方々が視察に来るんでしたね。
「精進せよ、と言われなかったか?」
「い、言われた……あの人!? あの短髪で身体の大きい人!?」
「あぁ。可愛らしいが強い嫁だと手紙に書いて寄越してきた」
「よ、嫁!?」
涙ぐんだアンジュの目が私に向けられる。
でもアンジュ、私にはどうすることも出来ませんよ?
「アンジュの実家にも挨拶に行ったぞ。結婚の申し込みをしたら、喜んでくださった」
「いつ!?」
「ここへ来る前に寄った」
「いや、確かに通り道だったかもしれないけどっ!」
アンジュは茹でだこのように机に突っ伏した。
私はアンジュの髪を撫でる。
「アンジュ、おめでとう」
「リシリア様まで~」
「嫌ならやめるか?」
「嫌じゃないっ!!」
アンジュはバッと顔を上げた。
「ならさっきから何だ」
「もっとこう、事前に相談とかあってもいいじゃないですかぁ~」
「? 相談も何も、決まっていただろう」
「ほんとに信じられない……」
「お幸せにね、アンジュ」
私がクスクス笑うとアンジュは私の胸に飛びついてきた。
「おい、抱きつく相手が違うだろう」
「ランカ先輩は黙っててくださーい!」
私とアルバートは目を見合わせて笑った。