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悪役令嬢はパラ萌えされる  作者: ハルノ_haruno
3年生
146/160

side アンジュ(医務室で二人きり)

 目を覚ますと体中のあちこちが痛くてまた意識を沈めたくなった。

 肩、腰、手首。

 その痛みの全てがランカ先輩によって与えられたものだと思い出す。


 視線だけやったカーテンの向こうは薄暗くて、もう日が暮れたことがわかった。


「好かれてるとか夢だったのかなぁ」


 小さく呟くと、足元でガタンと椅子の引く音がした。


「起きたか」

「ラ、ランカ先輩!?」

「痛むか」

「べ、別にっ。これくらい」


 私は布団にもぐった。


「おい、出てこい」

「や、だって、寝起きだし。お風呂だって入ってないし」

「もう寝顔なら十分見た。気にするな」

「なっ」


 ばさっと布団がめくられる。


「リシリア様がアイシングをしてくれたが今晩はここで眠れ。熱が出るかもしれん」

「そう言えばここって」

「医務室だ」


 ズキズキする頭で思い出す。

 ランカ先輩に思いっきり飛ばされて、気絶したのか。


「ランカ先輩、また強くなりましたね」

「アンジュも強くなっていたぞ」

「嘘つき。ちっとも歯が立たなかったじゃないですか」

「中級の生徒に手こずるようでは職を失うだろう」


 ランカ先輩は鼻先で笑った。


「今はどこに?」

「国境警備だ」


 国境か。

 国をもたない流れ者なんかかが来て、小競り合いを起こしたりする場所。

 戦争のないこの国で、一番血生臭い場所であることは私にもわかる。


「いつ戻るんですか?」

「夏期講習中はここに滞在する。本当は父の仕事だったんだがな、代わりに行けと言われた」

「そうですか」


 話が途切れる。

 夏期講習中、私はずっと醜態を晒すのだろうかと考えると気が重くなる。


「身体は起こせるか? 食事をとれ」

「置いといていいですよ、自分で出来ますから。ランカ先輩こそ部屋で休んでください」


 どこに泊まるのかは知らないが、講師として招聘されているからには学園内に寝所があるのだろう。


「? 今日はここで眠るぞ」

「は?」

医師せんせいも宿直室に戻ったからな。夜中に熱が出たら呼びに行かなくてはいけないだろう?」

「いやいやいや! 何言ってんですか!」

「心配するな。怪我人に手を出すような真似はしない」

「そ、そういうことじゃなくって!」


 いや、そういうことなんだけど!


「もっとも、出したところでさして支障はないが」


 !!


「もう~! 何なんですかぁ! 卒業してから手紙の一通も寄越さないで、会えたと思ったらこんなっ。突き飛ばされて、気絶するとか!」

「俺たちらしい再会でいいだろう」

「ランカ先輩のらしさに、勝手に私を当てはめないでください!」


 私は起き上がって大声を出した。


 ランカ先輩はくくっと笑った。

 何で笑うかな。ほんとデリカシーの欠片もない。


「それだけ大声を出せれば大丈夫だな。ほら、痛み止めの水薬だ。飲め」

「い、いりません! 別に痛くないし!」

「強情だな」


 ランカ先輩は白濁した水薬を口に含んだ。

 そしてそのまま私の唇をこじ開け、口内に流し込む。


「んん~っ!」


 ごくん。

 飲ん、じゃった……。

 恥ずかしすぎて消えてしまいたい。


 ランカ先輩は何でもない顔で、トレーに載った食事を運んでくる。


「食事も口移しが希望か?」

「ち、ちがっ!」

「その右手では食べにくいか。ほら、口を開けろ」


 ランカ先輩はパンをちぎって私の口元に差し出した。

 これは、「あーん」というやつ!?


「ひ、左手で、たべま――もごもごもご」


 ごつごつした指が唇に触れる。

 心臓がうるさいくらいに鳴る。


「うまいか?」


 味なんてわかるわけない。

 私は次々に差し出される食べ物を黙って口に入れた。







 食事を終えるとランカ先輩はお湯とタオルを用意した。

 そしてその目的を聞いて戦慄した。


「寝る前に身体を拭いてやろう」

「ふっ!?」

「さっき風呂に入っていないのを気にしていただろう。ほら、脱げ」

「バカなのっ!?」


 信じられない。


「バカとは何だ。お前が言い出したんだろう」

「拭いてくれなんて言ってませんよ! もうほんとヤダ……出てってください」


 私は思わず顔を手で覆った。


「俺なりに気を遣ったつもりだったんだがな。女の扱い方はわからん」


 ランカ先輩はたらいとタオルを椅子の上に置いた。


 ランカ先輩が気を遣う?

 そんなことって信じられないけど。


 でもそっか。

 痛み止めの水薬だって私のために無理に飲ませてくれて、食事だって安静にするために食べさせてくれて。


 甘い疼きが胸に広がる。


「終わったら呼べ」


 ランカ先輩はそう言うと、ベッドを仕切るカーテンの向こう側に行ってしまった。

 カーテン越しに見えるランカ先輩は、背が高くて肩幅が広くて逞しい。


 私は服を脱いでタオルをポチャンとお湯につけた。

 そしてか細い腕を拭いていく。


「ランカ先輩、私って騎士団に向いてないと思いますか?」


 カーテンの向こういる背中に声を掛ける。


「いや」

「でも弱いし」

「弱くはないぞ」

「小さいし」

「それを生かせ。訓練でも言っただろう、間合いを詰めて攻撃しろ。それがお前の武器だ」


 私は蹴られた右の手首をぎゅっと握った。


「でも蹴られたし」

「そう来ると思ったから対応しただけだ。速さを身に着けて懐に入って攻撃するんだ。相手が剣を振る前にな」

「速さ、か」

「身体差は埋められない。男と同じことをしていても仕方がない。アンジュはアンジュの長所を生かせ」

「はい。お説教ありがとうございます」

「随分な言い方だな」


 私は身体を拭き終えて、そばにあった病人用のガウンに着替えた。


「もういいですよ」


 私がそう言うと、パチンと電気が消された。

 しばらくしてシャーっとカーテンが開く。

 ランカ先輩が私のベッドに腰掛けた。その重みで腰のあたりのマットレスが沈む。


「な、何です」

「? 何がだ」

「え、寝るんですよね?」

「あぁ」

「どこで?」

「そばにいなくてどうする。熱が出るかもしれないと言っただろう」


 ランカ先輩は私の背中を支えながらゆっくりと私を寝かせた。


「す、座って寝る気ですか!?」

「別に、慣れている」

「いや、ちゃんと横になってくださいよ!」


 今日あれだけの人数と回数をひとりでこなして、明日だって訓練があるのに。


「怪我人に手は出さんと言ったが、同じ布団に入って何もしない自信ははいな」

「お、同じ布団じゃなくていいでしょ! 隣空いてるじゃないですか!」

「せっかく4か月ぶりに会えたのに、なぜ離れなければいけない」

「っ!」


 そういうこと何でサラッと言うんですかね!?


「ほら、俺の理性があるうちに寝ろ」

「ね、寝ます! ランカ先輩もさっさと寝てくださいね!」

「あぁ、寝る前にひとつだけ」

「?」


 ランカ先輩が身を屈める。

 私の視界がランカ先輩で埋め尽くされる。


「好きだぞ」

「えぇっ!?」

「夢を見る前に言っておかなくてはな。起きた時に言ってただろ?」


 ――好かれてるとか夢だったのかなぁ――


「聞いてたの!? いや、聞いてたとしても、そこは知らん振りしててくださいよっ!」

「好きな女が不安になっているのに知らん振りなど出来るか」

「不安になってなんかっ」

「ないか?」


 間近に迫った目が私の心を裸にする。


「ちょっとだけ……不安になってました」

「悪かったな。どうにもこの手のことは下手らしい」


 ランカ先輩は私の頬に触れた。


「そうですね」

「こういう時にどうするか知っているか?」


 熱い吐息が届く。


「手、出さないんじゃなかったんですか」

「撤回する」

「っ!」


 私が何か言う前に、唇が乱暴に塞がれた。

 ぎこちない荒々しい口付けに思わず息が漏れる。


「あっ、ランカ先輩っ」

「そんな可愛い声も出せるんだな」


 その口元がにやりと笑う。


「言わないでくださいっ」

「もっと聞かせろ」

「んんっ」

「4か月分だからな、せいぜい頑張れ」

「頑張れませんっ」


 ほんとに無茶苦茶だ。

 灯りの消えた医務室で、二人の呼吸音が何度も重なった。

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