苦い晩餐
「浮かない顔をしているな」
「す、すみません」
私はナイフとフォークを置いた。
星空ダイニングの個室には、春霞でぼんやりとした星の光が降っていた。
アルバートの執事の提案で、親睦を深めるために月に1度夕食を共にすることになった。
のだが、あの講義の後では食事を楽しむどころではない。
「母上は息災だったか」
「会われなかったのですか?」
「あぁ。あの人は無駄なことはしないからな」
そう言われて胃にずっしりと重いものがのしかかる。
今日の講義、ザラ様に「無駄だった」と思われただろうか。
「アルバート、ひとつお伺いしてもよろしいですか」
私は両手を膝に置いて真っ直ぐアルバートを見た。
「何だ改まって」
「普段ザラ様とはどのような会話をなさるのですか?」
「会話……?」
アルバートも食事の手を止めて、少し思案するような顔をした。
「仕事の指示が大半だろうか」
「さようでございますね」
アルバートの視線を受けて、執事が返事をする。
「あとはリシリアとのことをからかってきたり」
「私ですか……」
「父上のことを楽しそうに話したりもするな。異国の珍妙な道具を渡して、どう使うのか観察するのが楽しいんだとか言っていた」
お茶目なのだろうか。
何を話せばいいのかますますわからなくなった。
私が苦悶の表情を浮かべていると、アルバートがなだめるような声で言った。
「そう構えずに、リシリアの話したいことを話してみてはどうだ」
「そうは参りません。王妃教育の講義なのですから、つまらない話をしてザラ様の時間を無駄にするようなことがあってはいけません」
自分で言ってまた落ち込んだ。
王城からここまで来てくださったのに、私は何をしているのだろうか。
「あまり思い詰めるな。リシリアにそんな顔をさせるために婚約したのではない」
「アルバートに後悔してほしくないのです。私を妃にすると決めたことを」
「後悔などしない」
「そうでしょうか。王妃教育さえ満足に修了出来ないならば、王妃になる資格など――」
「私は好きな女と一緒になりたいだけだ」
「私の努力を軽んじられるのですか!?」
「そうは言っていない」
あぁダメだ。
せっかく素敵な雰囲気のレストランで食事をしているというのに喉を通らない。
気にかけてくれるアルバートにも、いちいち噛みつくような言い方になってしまう。
親睦を深めるどころか嫌われてしまうかもしれない。
「殿下、申し訳ありません。今日は部屋に戻ります」
「待て、それなら一緒に」
「デザートがまだでしょう? ゆっくりなさってください」
「リシリア!」
私が席を立つと、シーラが顔を強張らせてついてきた。
使用人にまでこんな顔をさせてしまった。全ては私の不出来のせいだ。
「ごめんねシーラ」
私は部屋に着くなりそう言った。
「謝ることなどございませんよ」
「がっかりしたでしょう」
「そうでございますね」
シーラは私の前に跪いた。
「シーラ?」
「僭越ながら申し上げます。リシリア様、たった一度の失敗で何をそれ程悩んでいらっしゃるのですか。先程のお振舞いは、八つ当たりでございますよ」
「……貴女の言う通りだわ」
講義が上手くいかなかった。
気分が晴れなくて、そのもやもやをアルバートにぶつけた。最悪だ。
「殿下はリシリア様のことを深く愛しておいでです。リシリア様もそうでございましょう?」
「愛してなければこんなに悩んだりしないわ」
アルバートに失望されたくない。自慢の妃だと思われたい。
なのに上手くいかなくて、どうすれば上手くいくのかもわからない。
「すれ違っていては、もったいのうございますよ」
大粒の涙がぽろりとこぼれた。
「来月は胸を張って食事に行けるように頑張るわ」
涙を流しながら、それでもはっきりと告げた。
「そう気を張らないでくださいませ」
その夜シーラは私を甘やかすようにマッサージをしてくれた。