レッスンの行方
「アンジュ様、姿勢を正してください!」
「は、はい!」
「顔は上げる、でも顎は引く! そして目線を泳がせない!」
ステップ技術とかリズム感とかそれ以前の問題です。
さすがにパラメーター0からのスタートは厳しいものがありますね。
ですが磨きがいがあるというものです!
「肩の力を抜いて、肘も張りすぎですわ」
「は、はい!」
そして力を抜くとまた姿勢が悪くなるのですよね。
そういえば初めて会ったときもひどい猫背でしたっけ。
「少し休みましょう。ですが座っていても姿勢には気をつけてくださいね」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
アンジュ様は息を切らしながら、頷くのが精一杯の様子だった。
「アンジュ様、課外活動は何かされるおつもりですか?」
「い、いいえ。まだ何も」
「でしたらアンジュ様のお時間を私にいただける?」
「か、構いませんが。一体何を」
「プライベートレッスンをいたしましょう」
「……はい」
その間は何なのでしょう。
「リシリア。私を置いて逃げるとはよい度胸ではないか」
「で、殿ーー。ア、アルバート」
「余程大事な用かと思えば」
アルバートは壁にもたれたまま、アンジュ様をちらりと見る。
「ご、ごきげんよう! あの、私、リシリア様にダンスを! 教えてもらっていたのです!」
アンジュ様、健気な感じが可愛らしいですよ。それでこそヒロインです。
「なに? リシリアが? ならばお手合わせ願おうか」
「へっ! 王子様が私とですか?! い、いいのですか!」
アンジュ様、顔を赤くしている場合ではありません。
パラメーターの低い状況でお相手をすれば、好感度が下がること必至。
「アルバート。お言葉ですが、アンジュ様はまだ貴方と踊れるほどの技術はございませんわ。ご迷惑をお掛けするだけかと」
「えっ、えぇっ?!」
丸い目を見開いている場合ではありませんよ。
ただでさえパラメーター0なのに、なけなしの好感度まで下げてどうするつもりですか。
「リシリアがそう言うなら」
「はい、申し訳ございません」
私は淑女の礼をする。
必ずやアンジュ様を、貴方と踊れるくらいに仕上げて見せますわ!
「う、うぅ……。頑張ったのに」
何やらアンジュ様の泣き言が聞こえる気もしますが、これも貴女のためなのですよ!
「では練習の様子を眺めるのは無粋だな」
「ご理解くださり光栄ですわ」
私はアルバートの背中を見送る。
練習風景を見られては元も子もありませんからね。
「くすくす、アンったらお可哀そう」
「リシリア様に目をつけられるなんて、きっと何かしたんだわ」
庶民棟の令嬢たちがコソコソと話し始める。
「でも、アルバート王子殿下のお誘いまで断る権利がおあり?」
「あら、貴女知らないの? アルバート殿下とリシリア様は将来ご結婚なさるのよ」
「えぇっ、それって嫉妬?」
「アンったら、リシリア様というお方がいるのに、アルバート王子殿下にちょっかいかけたの?!」
違いますよ!
誤解が過ぎますよ!
でもそんな噂なんて可愛いものだった。否定すれば済むのだから。
次に発された言葉に私は自分の運命を呪わずにいられなかった。
「そりゃあ、いじめられて当然よね」
今、悪役令嬢補正かかりましたよね?!