最終学年
年が明けると慌ただしく3学期が始まった。
ただでさえ短い3学期は飛ぶように過ぎ、桜が蕾をつける頃ランカ先輩が卒業して行った。
ランカ先輩が門をくぐるのを見送るアンジュの姿がしばらく胸に焼き付いて離れなかった。
決して泣きはしなかったけれど、その小さな肩が震えていたのが印象的だった。
「リシリア様、3年生の講義はこちらで行うそうです」
シーラがいくつかの書類を持って来た。
「王妃教育も私一人だものね。確かに前室で十分か」
「講義回数はこのように」
「月に1回!?」
「はい」
月に1回。
長期休暇を考えると、年に10回あるかないか。
卒業までに受ける講義がたったそれだけとは。
「宿題やレポートが多いのかしら」
「いえ、それが……」
シーラに渡された紙を見て目が飛び出るかと思った。
講師:王妃ザラ
講義内容:お喋り
残りの余白が目に痛い。
「これは一体どういうことなのでしょうか。何をお話しすれば……」
「私も、粗相のないようにいたしますね」
私とシーラはぎゅっと手を握り合った。
講義初日。
私はきれいにプレスされた制服に身を包み、玄関までザラ様を迎えに行った。
「お待ちしておりました」
「あら、お出迎えありがとう」
「ご案内いたします」
私はザラ様を伴って廊下を歩く。
こんなにも足が重いと感じたのは初めてだし、普段何気なく使っている階段にも躓いてしまわないかハラハラした。
「緊張してるわね」
「はい。身に余ることですので」
「そんなことないでしょう」
ザラ様は私と向かい合って座り、お茶には手をつけずにじっと私の顔を見た。
「ご指導よろしくお願いいたします」
「やだ、指導なんてしないわ。講義内容は読んだ?」
「はい。『お喋り』と」
穴が開くほど見たが、そこにはその三文字以外書かれていなかった。
「よろしい。では講義を始めましょう」
ザラ様はパチンと扇子を鳴らすと、上品な微笑みを湛えて黙ってしまった。
これは私が喋れということでしょうか。
でも講師で王妃のザラ様より先にお話ししてもいいものなのか。
そう考えている間にも時間が過ぎてゆく。
「ザラ様の行われた執務についてご質問してもよろしいでしょうか」
ザラ様との会話のために、様々な予習はしてきた。
時事はもちろんのこと、ザラ様の行った執政について。外交に強いザラ様のために、諸外国のことも調べた。
「結構よ」
「昨年の春に着工した北方の街道整備についてなのですが、着工順についてお聞きしたいことが――」
ザラ様は私の質問に顔色一つ変えずに答えていった。
それもとても端的に、わかりやすく。
だから質問攻めも長くは続かず、一杯目のお茶の湯気が立たなくなる頃にはまた沈黙が訪れた。
まずい、これを午前中ずっとするのでしょうか。
一体何を話せば。
思考回路をぐるぐる回していると、ザラ様が口を開いた。
「今日は終わりにしましょうか」
「え……」
「私も暇ではないのよ」
「っ! 申し訳ございませんっ」
ザラ様はずっと変わらず笑顔で、その表情からは何を考えているのかわからなかった。
「本日の講評です。うーん、つまらなかったわね。ではまた来月。お見送りは結構よ」
ザラ様はそう言って立ち上がると、軽い足取りで部屋を出て行った。
「やってしまいました……。何が正解なのでしょうか……」
「リシリア様、お気を確かに」
3年生になって初めての講義は、まだ1時間目が終わる鐘も鳴らぬうちに終わってしまった。