涙をぬぐう手
「アルバート、ごめんなさい」
肩が震え、声が途端に弱々しくなる。
「謝罪はさっき聞いた」
「トマスティオ殿下のことは、モモタナ様にもノアにも忠告を受けていました。なのにこんなことになってしまって……」
「男の力には敵わないだろう」
「はい」
アルバートは強い力で私を抱きしめた。
「一人で戦おうとするな」
「ごめんなさい。フランシス先生のことと言い、先日のノアのことと言い、また男性と部屋で二人になってしまって。呆れてはいませんか?」
「今回は仕方なかったのだろう? シーラが血相を変えて飛んできた。自分が責任を取ると言って、尋常ではない目をしていたと」
「ですが仕方ないでは済みません」
私はアルバートのものなのに、唇を奪われてしまった。
思い出してもぞっとする。奥歯がカチカチと音を立てる。
「使用人を守ろうとする気持ちは否定しない。だがリシリアに何かあればシーラだって責任を免れない。妃になるのならば我が身を一番に考えろ。お前の代わりはいない」
「はい」
「それに何か起こった時、お前は自分で何とかしようとするきらいがある。自覚はあるか?」
私はアルバートの胸の中で小さく頷いた。
「その強さは頼もしくもあるが、時に危うくもあることを覚えておけ」
「はい」
アルバートの正論に、私はただ反省するしか出来ない。
「怖かったな」
アルバートはそう言うと、私の背中を優しく撫でた。
私の目から堰を切ったように涙が溢れだす。
「ひっく、うっ、うぅ」
「よく耐えた」
「ごめ、なさい」
「立派だった。私が嫉妬するほどにはな」
「そんなこと、ない」
アルバートはゆっくりと身体を離した。
「よく顔を見せろ」
きっと見せられたものじゃないと思う。
だけど揺らぐ視界に映るアルバートは微笑んでいて、優しく涙をぬぐってくれた。
「口付けてもいいか?」
「っ!」
その言葉に思わず顔を背けてしまう。
さっきトマスティオに奪われた唇に、言いようもない罪悪感が積もる。
そんな私の心を読み取るように、アルバートは掬うようにして私に口付けた。
「他に触れられた場所は?」
「耳と――」
チュ。
耳元に柔らかな感触と優しい音が響く。
私の身体がピクリと跳ねる。
「他は?」
「髪と頬と……」
アルバートは順に口付けていく。
「首と、ここにも……」
私は鎖骨に手をやった。その手が優しく掴まれ、アルバートの唇が落ちる。
「あっ」
思わず甘い吐息が漏れた。
「もうないか?」
上目遣いのアルバートが言う。
「はぁっ。はいっ」
私は胸を上下させて呼吸をする。
私の身体がアルバートに上書きされていく。
「そう潤んだ目で見るな。続きがしたくなる」
「んっ」
「残念だが母上を待たせているからな。婚約発表を延期にするわけにはいかないだろう?」
「本当に、私で良いのですか?」
アルバートは笑って私の顎を掴んだ。
至近距離で目と目が合う。
「何度誓えば気が済む。私にはリシリアだけだ」
「はいっ」
私はアルバートの首に腕を回した。
「母上、待たせました」
私はアルバートの半歩後ろに立ち、礼をした。
「あら、話は済んだ?」
「はい。リシリアとの婚約を正式に発表してください」
ザラ様は手にしていたカップを置くと立ち上がった。
そして射抜くような目で私を見た。
「リシリア=ノックス。一度発表すればもう後戻りは出来ません。その覚悟はありますか?」
私は最敬礼のお辞儀を返す。
「はい。私はアルバート殿下のお傍で、共にこの国の未来をつくります」
「よい」
ザラ様はたった一言、威厳ある声で言った。