王妃の器
「顔をお上げくださいませ」
出来るだけ穏やかに言った。
「先ほど申し上げた通りです。この部屋の主は私、全ての責任は私にあります。トマスティオ殿下のしたことは許すことは出来ません。ですがそれは私的な感情です」
「でもそんなの!」
モモタナ様は自責の念に駆られているようだった。
「罰は与えません。ですがそれでは気が済まないと仰るのであれば、謝罪はお伺いします」
「ご、ごめんなさい! 本当に申し訳ないことをしたわ!」
「いいえ、謝るのはモモタナ様ではございません。これは私とトマスティオ殿下の問題です」
私は真っ直ぐトマスティオを見た。
きっと彼なら謝る。モモタナ様に辛い思いをさせないために。
「リシリア様、貴女の気持ちを考えなかった言動、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
トマスティオが頭を下げるとモモタナがすかさず立ち上がり、弟の身体を床に押し付けた。
「謝罪、確かに受け取りました」
二人に向かってそう言った後、私はアルバートの前まで歩き、その足元に跪いた。
「殿下、ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。今しがた、和解いたしました」
「私に反論させぬつもりか」
ヒリついたアルバートの声が頭上から降る。
私は顔を上げてその青く澄んだ目を見つめる。
「はい」
「ならぬと言ったら?」
「罰は私が受けましょう」
アルバートは溜息をついた。
「よいか。これが我が国の王妃たる女の器だ。忘れるな」
「御意」
トマスティオとモモタナは頭を床につけて短く言った。
「あら、随分風通しの良い部屋になったのねぇ」
アルバートが蹴破った扉の前に人影が現れる。
「ザラ様……」
「こんにちはリアちゃん。それにアルバートと、モモちゃん? そっちは……まぁ、トマ君! 大きくなったわねぇ!」
微笑みを湛えたザラ様が、壊れた扉の前で一人一人名前を呼んだ。
「母上、何用ですか」
「期末考査用の試験問題を持って来たついでにモモちゃんに話があって」
モモタナはザラ様に向き直った。
「ザラ様、夏は大変お世話になりました」
「いいえ。隣国の王女が国に興味を持つのは良いことです」
何のことだろう。
夏季休暇と言えばモモ様はエーコットに帰省していたし、ザラ様は外国を訪問すると言って使用人を引き上げてしまった。
「ザラ様、もしや夏の外遊先はエーコットだったのですか?」
私は胸に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「あら、言ってなかったかしら?」
「存じませんでした」
「モモちゃんに頼まれたのよ。エーコットで公務が出来るように、一緒に掛け合ってほしいって」
「モモタナ様が?」
モモタナは顔を赤くしつつもこくりと頷いた。
「1学期の成績と課題を持って、エーコットの王城に行ってね? 一部の国政を担うことが出来る人間だと進言しに行ったのよ。王妃のお墨付きだったら無下にも出来ないじゃない?」
ザラ様はふふふと笑った。
「それで、今日返事が届いてね? 物流の拠点となる領地と、そこを中心とした小規模な貿易について、モモちゃんに一任するって」
「ほ、本当ですか!」
「えぇ。返事が来るまで3か月、あちらも随分悩んだようだけど」
ザラ様は任命書を差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
「これはモモちゃんが自分で勝ち取ったものよ。お礼は頑張った自分自身に」
「はいっ」
モモタナは涙声で返事をした。
「それからトマ君」
「は、はい」
「あなたはここで残りの年月みっちり学びなさいな」
「俺は姉様のそばに――」
「そろそろ姉離れなさい? モモちゃんはもう自分の力で歩き出したのよ」
「っ!」
「お返事は?」
「はい」
「よろしい。ではモモちゃんは諸々の準備を、トマ君はとりあえず試験勉強かしらね。時間を無駄遣いしてはいけないわ。行きなさい」
有無を言わさぬ強い目に、モモタナとトマスティオは退室した。
「というわけで、アルバート。モモちゃんはこれで国に帰ることになるのだけれど」
「はい」
「正式にリシリアとの婚約を発表してもよくって?」
「! もちろん――」
「お待ちください!」
私はアルバートの言葉を遮るように言った。
「あら、ノックス家からは受託の意向を受けたのだけれど。アルバート、貴方また断られるようなことをしたの?」
「ザラ様。私の気持ちに変わりはございません。ですが、二人で少し話をさせていただけませんか?」
「まぁまぁ、マリッジブルーね! わかるわぁ。私にもそんな時期があったもの! でもそんなに長くはいられないの。1時間与えます。それまでに返事がなければ婚約発表は延期にするわ」
「恐れ入ります」
私はザラ様に頭を下げた。
「私はアルバートの部屋で待ってるわね」
「承知いたしました」
ザラ様を見送り、私はアルバートを促して居室に移動する。
ようやく手が震え始める。
私はその手でパタンと扉を閉めた。