学園祭(夜の大運動会)
3年生主催の夜会は仮面舞踏会だとばかり思っていたが、どうやら「夜会」さえ主催すれば何でもいいらしい。
私たちは陽が沈んだ屋外訓練場に集められていた。
屋外訓練場の中央では真っ赤な炎が焚かれ、さながらキャンプファイヤーである。
「これは、一体どういう趣旨?」
私は隣にいるアンジュに聞いた。
「何でも、体力を誇示する行事がないのが不満だったみたいで。夜の大運動会、略して夜会だそうです」
「夜の大運動会……」
その響きはアウトなのではないでしょうか。
そう思いながら待っていると、ランカ先輩が登壇した。
祭の締めくくりを待っていた皆の熱がわっと沸き立つ。
「今夜は男も女も身分も関係ない。己の体力の限界まで楽しめ!」
そう言って剣を掲げると、会場のボルテージは一気に上がった。
「アンジュ、ランカ先輩と上手くいってるの?」
「お察しの通り、振り回されっぱなしですよ」
「楽しい?」
「まぁ、それなりに」
「そう。よかった」
「無茶苦茶に見えますけど、結構わかりやすいんで。あの人」
「確かに」
ランカ先輩、とっても楽しそう。
そしてそれを見つめるアンジュの瞳が熱っぽいのがわかる。
「リシリア様、何か競技に出ませんか?」
「そうね、久しぶりに一緒に走りましょうか」
「負けませんよ? あの頃の私とは違いますからねっ!」
一緒に礼拝堂の周りを走って、アンジュが音を上げていた日のことを思い出す。
「教え子に負けてなんかいられないわ」
「言いますね」
「ふふ、行きましょうか」
私とアンジュは短距離走400mにエントリーした。
私がスタートラインに立つと会場は一瞬どよめいたがそんなの別に構わない。
ランカ先輩に言わせれば、今日は性別も身分も関係ないそうだし。
私は姿勢を低くして、息を深く吸った。
乾いた空砲の音で一気に地面を蹴る。
赤い篝火の中、私の心臓は千切れそうになるくらい速く打ったけれど、久しぶりの感覚が気持ちいい。風を切る音が耳に響く。ゴールが近付く。
ゴールテープを先に切ったのはアンジュだった。
「やったぁ!」
アンジュには飛び上がって喜ぶ余裕があった。
私はというと、もう膝がガクガクしてしまってその場にへたり込む。
「もう、完敗、よ」
私は整わない息で笑った。
「何を言ってるんですか、2秒も差なかったですよ?」
そのテンションで普通に話せるのがすごいのですよ。
「リシリア、綺麗だったぞ」
頭の上から声が降って、私はふわっと抱き上げられた。
「ア、アル……殿下!」
人前ですから名前で呼ぶのはやめておきましょう。
「医務室に行く必要は?」
「あ、ありません」
「そうか、なら向こうで座ろうか」
「は、はい」
「アンジュ、リシリアは連れて行くぞ」
「はぁーい」
「ちょっと待った!!」
野太い声が響く。
「ランカ先輩っ! 空気読んでくださいよ~!」
声の主をアンジュが慌てて止める。
「殿下、スクワット対決はいかがですか?」
汗に濡れたランカ先輩は、お構いなしにアルバートの前に立った。
「私が競技に?」
「えぇ。愛する女性を抱え、己の筋肉の限界に挑むのです」
「ほぅ、面白い」
アルバートの口角がわずかに上がる。
「ではペアはリシリア殿でエントリーしても?」
「構わん」
「ちょ、ちょっと! 駄目ですよ、そんなの」
私はアルバートの耳元で言った。
「ちょうどいい。私の想い人はリシリアただ一人だと公言する良い機会だ」
「そ、それは」
「これであの弟殿も静かになってくれればいいがな」
トマスティオ殿下のことか。
「よし、アンジュ。俺たちも行くぞ」
「えぇ!? 私もですか!? 今走ったばっかでスクワット出来る体力残ってませんけど」
「何を言っている。お前は俺に抱き抱えられる方だ」
「は?」
「愛する女を抱えてスクワットするのに、お前がいなくてどうする」
「はっ!?」
アンジュは顔を真っ赤にして口を大きく開けた。
「騎士団は男所帯だからな。なにぶんリストバンドだけでは不安だ。俺のものだと見せつけておく」
「か、勝手な……」
「勝手にさせてもらう。俺のものだとわかればそうそう手は出せまい」
「ひゃっ!」
ランカ先輩はアンジュを攫うように横抱きにした。
小柄なアンジュはすっぽりと筋肉質な腕に納まった。
「殿下、では参りましょうか」
「あぁ、負けぬぞ」
「こっちこそ手加減はしませんよ」
男たちは笑みを浮かべて言った。