学園祭(騎士団の狼煙~勝利の美酒と燻製)
「トマ、もうカップが空よ。席を空けなさい」
「うーん、じゃあおかわり」
「もう4杯目じゃない」
「んー? 居心地がいいんだよねー」
トマスティオは横目で私をちらりと見る。
モモタナはすかさずその視線を遮るように身体を移動させる。
「迷惑だわ」
「姉様」
「なによ」
「俺はお客だよ。おかわり」
トマスティオはテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せてにこりと首をかしげた。
「貴方ねぇ」
「モモタナ様、お淹れいたします。少々お待ちください」
ノアがカウンターから声を掛ける。
「ノア、結構よ」
「いえ、お客様ですから」
ノアは社交スマイルで言った。
「次で終わりよ、いい?」
「えぇ~、お金は払うよ?」
モモタナとトマスティオが話している隙に、ノアは私に耳打ちする。
「リシリア、この紅茶を出したら休憩に行っておいで」
「え? どうして?」
「ここは僕一人で回るから。多分トマスティオ殿下の目的はリシリアだよ」
「そう、かな」
「アンジュさんの燻製屋にも行きたいんでしょ」
「うん」
ノアの眼鏡は何もかも見透かしているみたいだ。
そしてさらさらと紙にメモを書く。
「これは殿下に渡す分」
メモに目を落とすと、そこには
――リシリアは騎士団の燻製店にいます――
と流麗な字で書かれていた。
「賢い」
「僕を誰だと思ってるの」
「ふふ、ノアだった」
「うん」
ふわりとした笑顔のノア。
これまで色々あったけど、結局助けられしまった。
「1番テーブルにお願いします」
ノアはわざとアルバートに目配せをして言った。
私はそっとキッチンを離れる。
お茶を取りにきたアルバートに、ノアがこっそりメモを見せた。
アルバートの口角が少し上がったのを確認し、私は後ろの扉から出た。
私は真っ直ぐにアンジュのところへ向かった。
「騎士団の狼煙~勝利の美酒と燻製」
すごいネーミングだ。
「あっ! リシリア様だぁ!」
私の姿を見たアンジュが嬉しそうに駆け寄ってくる。
服は騎士団の正装で、引き締まった身体にぴったりとした白のパンツが格好良い。
「えぇ!? 本当にいらっしゃった!」
「アンジュ、親友ってマジだったのか」
「俺、殿下のこともリシリア様のことも尊敬してます!」
口々に声をかけられる。
「はい! どいてどいて! リシリア様、こちらへどうぞ!」
屈強な男たちを押し退けてアンジュが私の前に飛び出した。
アンジュの腰には金色に光る鞘が見えた。
「それ本物?」
「そうですよ。似合わないと思ってるでしょ?」
「そうじゃないけど、剣が似合う場所にいてほしくはないかしら」
「剣を交えずに済む国を、よろしくお願いしますね!」
アンジュは太陽のように笑って言った。
そしてそれに呼応するように、後ろで咆哮のような男たちの歓声が上がった。
「賑やかだな」
私の背後で聞き慣れた声がする。
「うおー! 殿下のおでましだー!」
男たちはさらに沸き立った。
「もう、殿下とリシリア様を立たせておくなんてダメでしょう! こっちへどうぞ!」
アンジュは男たちを物ともせず私たちを一番奥の席に案内する。
「逞しいものだな」
「あは! ありがとうございます!」
「アンジュはどれくらい強い」
「騎士団専攻の中で、真ん中より少し下くらいですかね」
「そうか、ならばリシリアを守るためにもっと強くなれ」
アルバートの声はいたく真面目なものだった。
その声にアンジュの足はぴたりと止まり、みるみるうちに表情が変わる。
「殿下の御心のままに」
アンジュは片腕をお腹の前にあてると、90度に身体を折って礼をした。
「リシリアの傍を任せてもいいと信用出来るくらいには鍛錬せよ」
「はい」
「だが王妃の護衛は責が重いぞ?」
「承知の上です」
「ならよい」
アルバートはにっと笑うと椅子に腰掛けた。
私も向かいに座り、じっとアルバートの目を見た。
「なんだ?」
「あまりアンジュを脅さないでください」
「なに、青田刈りをしていただけだ」
アンジュが傍にいてくれるのは嬉しい。
だけど私のために危険な目に合わせるのは嫌だ。
「アルバート、平和な国をつくりましょうね」
「もちろんだ」
アルバートとともに、アンジュが傷つかない世界を作るのが私の責務だ。
そう心に刻む。
「殿下! お酒と燻製をどうぞ!」
まだ注文もとっていないのに次々とお酒と料理が運ばれてくる。
「ほら、アンジュどいてどいて!」
「えぇ〜! 私がご説明するんですよ〜!」
「リシリア様はお酒をお召しになられますか?」
「いいえ、まだお昼だし遠慮しておくわ」
「ではこちらのレモンウォーターをどうぞ!」
「ちょっとみんなー! 私のお客様なんだからー!」
私たちのテーブルに人だかりが出来る。
燻製の良いにおいと色とりどりのお酒が並ぶ。
「やはりリシリアはモテるな」
アルバートが可笑しそうに言った。
「アルバートもでしょう」
私たちは束の間の休息を楽しんだ。