学園祭(トマスティオ殿下の来店)
「さっさとそこへ座れ。礼などいらん。お前は客なのだろう?」
「そのクッキー、一欠片でも残してみなさい。許さなくってよ」
王族二人を給仕にしたのは失敗だったでしょうか。
どこかツンデレカフェ的な様相を呈してきましたよ。
「殿下、とても素敵なお店ですね」
「うるさい。無駄口を叩く暇があるなら早く注文をしろ」
「うわ、このクッキー旨い!」
「その低俗な口でクッキーを貪っているかと思うと虫唾が走るわね」
飲食店は客商売だというのに大丈夫でしょうか。
「あれはあれで人気があるみたいだよ」
ノアはポットにお湯を注ぎながら涼しい顔で言った。
「見ていてハラハラするわ」
「誰も文句なんか言えないんだし、大丈夫だよ」
「それっていいの……?」
私はクッキーを皿に2枚ずつ載せてカウンターに置く。
「あ、ここだ。リアル王女様に罵倒されるカフェ」
「心して行こうぜ」
「アルバート様に見下されるんですって!」
「何だかいけない世界を覗く気分だわ」
廊下からそんな声が聞こえてくる。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「コンセプトが大きく変わっているような」
ノアが厳選した美味しいお茶と、それに合わせたクッキーのお店だったはずなのに。
これでは最早コンセプトカフェですよ。
「給仕、変わった方がよくない?」
「リシリアを接客に出したりしたら、殿下が怒るよ」
「そうかなぁ」
「気付いてる? 男の視線がリシリアに向くたびに、殿下が壁になってるよ」
「えぇ!?」
私は思わずアルバートの方を見た。
広い背中しか見えないが、その視線の先に確かに男性客がいる。
「あれ絶対睨んでるよ」
ノアは可笑しそうに言った。
「そんなことするかしら」
「昨日の今日だからね。ピリピリしてるんじゃない?」
トマスティオ殿下のことを言っているのだろうか。
「心配ないのに」
「リシリア、それは男を甘く見過ぎ。僕だって、今このカウンターの下でリシリアと手を繋ごうと思えば出来るんだよ? リシリアがしゃがんだ隙に抱きしめることだって。それ以上もね」
「えっ」
私は思いがけない言葉に固まった。
捕食される動物ってこんな感じなんだろうか。
「まぁ僕はそんなことしないけど。今度こそ首が飛んじゃう」
ノアは飄々とカウンターにカップを置いた。そして満面の笑みでフロアに声を掛ける。
「2番テーブルにお願いします」
「私って隙があるように見える?」
「リシリアは人がいいからね、つけこみやすいと思うよ。少なくとも僕は、それでリシリアとデートしたこともあるし」
「説得力がある」
「実行委員という名目とはいえ、去年はずっとギュリオと二人だったし。あんなの論外だよ。僕がギュリオなら間違いなく手を出してただろうね」
返す言葉もない。
ノアは淡々とオーダー通りの紅茶を淹れてはカウンターに並べていく。
「リシリア、手が止まってる」
そう言ったノアは、私の手にそっと手の平を重ねた。
「っ!」
「しっかりしてるつもりなんだろうけど、そうやってボーっとしてるところも危ないし、殿下は心配が絶えないだろうね」
ノアの手はそのままクッキーへと伸びて、せっせと皿に載せていく。
「ご、ごめん」
「まぁそういうところが可愛いんだから仕方ないか」
ノアは少しはにかんで、すっと右手を挙げた。
「3番テーブルにお願いします」
私もしっかりしなくちゃ。
そう思った矢先、女の子たちの黄色い声で廊下がうるさくなった。
何だろうと入り口に目をやると、トマスティオ殿下の顔が覗いた。
「姉様、来たよ!」
にっこりと笑う姿は無垢な天使そのものだ。
その天使の前に、大きな背中が立ちふさがる。
「あいにく満席だ。お引き取り願おうか」
アルバート、ご機嫌は直ったのではなかったのですか。
「えぇ? そうなの?」
トマスティオは軽い身のこなしでアルバートの横を通り抜けると、一番奥のテーブルまで歩いて行った。
「席、変わってくれる? 喉乾いちゃった」
「は、はい!」
「ありがとう、お嬢さん方」
トマスティオは目を細めて笑うと、先に座っていた女生徒二人の手の甲にキスをした。
その動きは流れるようで、手慣れているのが容易にわかる。
「きゃー!!」
女生徒は興奮してパタパタと教室を出て行った。
「トマ、注文は?」
「姉様の好きなの」
「アールグレイとクッキーのセットね」
「あとリシリアでしょ?」
「ふざけるのもいい加減になさい」
「あはは、こわいなぁ」
トマスティオ殿下は視線をこちらに向けてひらひらと手を振った。