指導係
「私はこれからこの時間、殿下と過ごさねばならぬのですか」
「殿下ではない、アルバートだ」
ダンスレッスンの時間は90分。
残り1時間強、私はこの王子様と何をして過ごせばよいというのでしょう。
「アルバート、このように花を愛でるのが自習ですか」
私たちは中庭に出て無為に歩いていた。
春になり我先にと咲き誇る花々が得も言われぬ芳香を放っている。
「そうだな。実りがなければ自習とは言えぬな」
「では自室で本でも読みますわ」
「そう答えを急ぐな。二人で出来ることもあろう」
「何です」
「互いのことを知るというのはどうだ」
なぜ知らねばならぬのですか。
私は全力であなたを避けたいのです。あなたのいない人生を歩みたいのです。
「お断りいたし――」
「そうだな。互いを知れば、私がリシリアを嫌いになってしまうかもしれぬな」
騙されません。
そんな調子のいいことを言って、騙されませんよ私は!
「アルバートは私の何が知りたいのです」
「そうだな。私が知りたいのは私自身かもしれぬな。なぜリシリアにこれほどまでに興味が湧くのか」
パラ萌えです。あなたのそれはパラ萌えですよ!
ん? そうか。わかった。
ならばアンジュ様を磨き上げ、同様にパラ萌えさせてしまえばいいのです!
「わかりました」
「そうか、わかってくれたか」
「この任務、必ずや果たしてみせますわ」
「リシリア?」
「お任せくださいませ。必ず彼女をアルバートに似合いの女性に」
「誰のことを言っている」
「こうはしていられません、やはり私はダンスホールへ戻ります」
そして私はダンスホールに戻った。
「先生、恐れ多いのですが、私に指導の補助をさせていただけませんか?」
「まぁリシリアさん。大歓迎ですよ」
私はダンスホールで散り散りに踊る生徒に目を光らせる。
いた。
ダントツでぎこちない動きをしているアンジュ様。
あぁっ! 転んでしまいましたね!
「あのご令嬢は大変不慣れなようです。彼女の補佐をしても構いませんか?」
「まぁ、公爵令嬢ともあろう貴女が、庶民出身の女性に直接手ほどきだなんて」
「このダンスホールでは身分など関係ございませんわ。ともに学ぶ仲間ではございませんか」
私はにっこり笑って言った。
先生は私の思惑など知らず、手を叩いて喜んだ。
「何て素晴らしいのでしょう。ダンスだけではなく人格者でいらっしゃる。是非お願いしますね」
こうしていとも簡単に私はアンジュ様の指導係の座を手に入れた。
「ごきげんよう、アンジュ様。私先ほど、アンジュ様の指導係を仰せつかりましたの」
「リ、リシリア様!」
アンジュ様はびくっと肩を震わせる。
「よろしくお願いいたしますわね」
「あの、えっと、はい」
アンジュ様は俯き、消え入りそうな声で言った。