学園祭(午前の部~昼の部)
学園祭当日。
私とモモタナ様は、観劇ホールの2階ボックス席に座っていた。
「昨日はトマがごめんなさい」
客電が落ちるとモモタナが小さな声で言った。
暗くなるまで無言だったのがモモ様らしくて、つい口元が緩んでしまう。
「大丈夫ですよ」
「アルバート殿下は怒っていたでしょう」
「ふふ、何とかしましたからご心配には及びません」
「そう……」
「ほら、出ていらっしゃいましたよ」
私たちはオペラグラスを構える。
トマスティオは意外にも悪役だった。
主人公とヒロインの仲を引き裂く侯爵役。
この悲恋には欠かせない役だが、それが見事にハマっていた。
「私の心はただ一人、あの方に」
「お前の心など聞かずとも、それごと全て奪うのみ」
スポットライトに照らされて、髪が銀色に輝いた。
その舐めるような流し目と甘い声に、客席からは溜息が漏れる。
完全に主役もヒロインも食っている。
「はぁ……」
モモタナ様は気だるげに椅子にもたれた。
「トマスティオ殿下はお芝居がお上手ですね」
「あれ、素よ」
「いえいえ、まさか」
「強引で傲慢で。城のメイドなんて、もう何人も手籠めにされているわ」
「そ、それは……」
「女の子みたいな顔でしょう? 無毒な花だと思っていたら、気付いた時には捕らわれているのよね、皆」
モモタナは随分詩的な形容をしてみせた。
まぁわからなくもない。あの中性的な美しい顔は、女性を無防備にさせ、一種の憧れさえ抱かせる。
無防備に近付いて、強引で傲慢な本性を知った時にはもう手遅れ、そんな感じだろうか。
「でもお姉様思いの、お優しい方だと思いましたよ?」
現にモモタナ様についてこの国へ来たのだし、アルバートに喧嘩を売るような真似をしたのも姉を思うゆえの行動に見えた。
「あのシスコンは病的ね」
「はぁ」
「だからリシリアも気を付けて」
「大丈夫ですよ」
「そうではないから言っているのよ」
モモタナは遠い目をして言った。
案の定、カーテンコールではトマスティオ殿下への拍手が一番大きかった。
可愛らしい顔と色気のある演技のギャップに皆心を奪われたみたいだった。
劇場を出ると外の眩しさに目がくらんだ。
「午後は私たちの番ですね」
「給仕をする日が来るなんて思ってもみなかったわ」
「良い思い出ですね」
「……そうね」
モモタナは頬を赤くして言った。
執務専攻と王妃教育専攻が「喫茶 王室の御用達」に集まる。
「間もなく開店です、よろしくお願いします!」
実行委員のクロードが発声すると、私たちの士気も上がった。
アルバートとモモタナは接客のためホールへ。
私とノアは紅茶とクッキーの準備のためオープンキッチンへ。
そしてクロードは入り口で客捌きを担当する。
「いらっしゃいませ!」
クロードの声でお客さん第一号が入ってくる。
「リシリア様~!」
その溌溂とした声の主はアンジュだった。
そしてアンジュの後ろには、黒髪の背の高い脳筋男が立っていた。