アルバートの嫉妬
「アルバート、そろそろ機嫌を直してください」
「機嫌? 損ねてなどいないぞ」
「そんなわけないでしょう。そもそもあれは不可抗力です」
「あんな不埒が混じっていたとはな」
「トマスティオ殿下はまだ幼いのですよ」
「その名を口にするな」
アルバートは寝台の上に横になり、不貞腐れた顔で私を見て言った。
少し距離をとって立っていた私はわざとらしく溜息をついた。
「大人げない」
「なに?」
アルバートは身体をむくっと起こした。
「先日のノアのことは怒ってらっしゃらなかったではありませんか」
「あれは奴にその気がないのがわかっていたからだ」
「私の心はアルバートにあるのです。ご心配には及びません」
「あれは小国とはいえ隣国の王子だぞ。本気でリシリアを手に入れようとすれば断れまい」
それはそうかもしれないけれど。
「でも断ります」
「そんなこと出来るわけが――」
「一度断ったでしょう? アルバートからの婚約を。王子だろうが何だろうが、望まぬ結婚などお断りです」
「そうだったな。だが……」
アルバートは眉間に手をやり俯いた。
私はすっと傍に寄って、丸まった背中にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ」
「今も望んでいないとは言ってくれるなよ?」
「言いません。それに先日父から書状が届きました」
「ノックス殿から?」
「はい。改めて王宮よりアルバートとの婚約についてのお話があったと。進めても良いかとの手紙でした」
「そうか、母上が動いたか。それで返事は?」
顔を上げたアルバートの前に跪き、首を垂れる。
「謹んでお受けいたします、と」
「そういうことはもっと早くに言え」
アルバートは寝台から身を乗り出すと私の頭を抱いた。
「そちらにも話が行っているかと思っていたのですが。ご存知ありませんでしたか?」
「いや。夏休み最終日に母上が来てな。リシリアとの婚約を進めてほしいと進言した。だが『少し待て』とだけ言われてそれきりだ」
「そうでしたか」
「あの人の考えることはわからん」
確かにザラ様のお考えは読めないところもある。
でもあの方のお考えは的確で、やること全てにきちんと理由がある。
それは去年の夏期講習で嫌というほどわかった。
「では待つしかないのではないですか?」
「黙って待っていたらいらぬ横槍が飛んできたんだ」
「だからもう機嫌を直してください。明日は学園祭ですよ」
「リシリア、明日は私から離れるな。ただでさえ他学年があちこちうろつくからな」
「それは無理です」
「なぜだ」
「モモタナ様と1年生の劇を観に行く約束をしてしまいましたから」
「私も一緒に行けばいいだろう」
「王妃教育を受けている私とモモタナ様を連れて歩いたら、アルバートが白い目で見られますよ」
王子殿下はハーレムでも作る気かなど言われてはたまりません。
「だいたいモモタナ殿は何を考えているんだ。王妃になどなる気もないのに居座って、モモタナ殿がトマスティオを連れて帰ればいいものを」
「モモタナ様のせいではないでしょう」
そもそも私が一度婚約を断ったから、エーコットの王女を迎えようと話が持ち上がったのだ。その話にエーコット側が乗り、モモタナ様が送り出された。モモタナ様も被害者と言えば被害者だ。
「なんでリシリアはそんなにモテるんだ」
アルバートは私の耳元で悩ましげな溜息をついた。
今度は私に責任転嫁ですか。
「私のことがお嫌ですか?」
「そうは言ってない」
「なら好きと仰ってください」
私は身体を離してアルバートの顔を両手で挟んだ。
「好きだ」
「私も好きです」
私は膝立ちになって顔を上げ、ベッドの脇に座るアルバートに唇を重ねた。
「リシリア!?」
「この程度のことで嫉妬していてはきりがないですよ。私はこの先ずっと、多くの国民の前に立ち、諸外国の方々と肩を並べてお話するのです。私を妃にするおつもりなら、私を信じてください」
「はぁ……」
「殿下!」
アルバートは観念したように頷いた。
「リシリアの言う通りだな」
「ご機嫌を直してくださいますか?」
「好きな女にそこまで言わせておいて、文句を言い続けるような男ではないぞ」
「ふふ、そうですね」
私が微笑みかけるとようやくアルバートが笑った。
「それにしても王妃教育とは恐ろしいものだな。母上の片鱗が見えたぞ」
「ご冗談を」
「あまり変わるな」
「変わってませんよ。私はずっとアルバートが好きなだけです」
真っ直ぐな気持ちを真っ直ぐに伝える。
ようやくアルバートの雰囲気が戻った。
アルバートはベッドに座り直すと両手を広げた。
「リシリア、こちらにこい」
「なりません」
「なぜだ」
「聞かずともわかるでしょう」
婚約もまだなのに、アルバートの寝台に乗るだなんていけません。しかもここは学校です。
「愛する女に触れたいと思うのがいけないことか?」
そんな風に見られたらドキドキしてしまう。
私だってアルバートの胸に飛び込みたい。
「少し、だけですよ」
私はアルバートに身を預ける。
その腕にすっぽり収まると、アルバートは意地悪な声で言った。
「少し? それは無理な相談だ」
「っ!」
「離さんぞ」
ぎゅっと力を込められ、私の体温は一気に上がった。