エーコット第二王子 トマスティオ
「劇のリハーサルの帰りに寄ったんだ。明日は見に来てよ」
「そうね。リシリア、貴女も一緒にいらっしゃい」
モモ様がこちらを向く。
「は、はい。1年生の演劇は是非観たいと思っておりましたので」
「リシリア? その人が?」
トマスティオ殿下はつかつかと近寄ってきた。
長い睫毛に色素の薄い肌。
モモタナ様の弟だけあって、お人形のような可愛らしさがある。
背は私より少し低いだろうか。
「はじめまして。ノックス公爵家のリシリアと申します。モモタナ様にはいつもお世話になっております」
私はスカートを軽く持ち上げて礼をする。
「ふーん、可愛いね」
トマスティオ殿下は人差し指で私の顎をくいっと持ち上げた。
思い出した。傍若無人な隣国の王子の登場シーン。
あのスチルそのままだ。
「恐れ入ります」
私はその指から逃れるため一歩下がって頭を下げた。
そして床を見ながら薄れかけていた前世の記憶を辿る。
トマスティオの出現条件。
アルバートの好感度が「友人」未満の状態で、2年生の学園祭を迎えること。
2年生の学園祭ともなれば、ある程度パラメータが上がっているので自然にパラ萌えされ、デートしなくても「友人」くらいにはなる。
だからある意味攻略難度の高いキャラなのだけど。
「リシリア、顔上げてよ。その綺麗な顔、もっと見たい」
「もったいないお言葉ですわ」
まずいまずいまずい。
これは久々にパラ萌えされているのではないでしょうか。
アルバートと私が恋仲になったせいで、アルバートのアンジュに対する好感度は上がることがない。
トマスティオが出てくるのは容易に想像できたはずなのに。
「ちょっとトマ。リシリアが困っているでしょう」
「えぇ? でもさ、リシリアって姉様のお気に入りだよね?」
「な、何を!」
モモ様は狼狽した声を出した。
「俺がエーコットに迎えたら、姉様とリシリアは姉妹になれるんだけど。どう?」
これは非常にまずい。
「トマスティオ殿下。私は王妃教育を受けている身ですので――」
「ちょうどいいじゃん。俺も王子だよ。お妃教育の手間が省ける」
そういう問題ではありません。
「トマスティオ殿。あまり困らせないでやってくれ」
アルバートが私とトマスティオの間に割って入った。
私はようやく顔を上げる。
「アルバート殿。どちらかに肩入れなどなさってないでしょうね?」
「悪いが私は――」
「ねぇ、こういうのはどうです? エーコットの王女がこの国に嫁ぎ、リシリアがエーコットに嫁ぐ。我々の国の絆はうんと深まりますよ」
その幼い少年は無邪気な声で言った。
「断る」
「これは単に妃選びの問題だけじゃないんですよ」
「何が言いたい」
「いやぁ。二国間の友好を築くことを断るのと同義じゃないかなぁ」
「口が過ぎるぞ」
一瞬で空気が張り詰める。
「トマ、いい加減になさい」
モモタナの強い声が響いた。
王女の威厳が空気を震わせる。
「はいはい。じゃあまたね、リシリア、また今度デートしようね」
「待て、私が許さん」
「待つのはそっちだよ。王妃教育を受けている姉様の前で、そんなこと言うなんて俺が許さない」
トマスティオはアルバートの懐に入ると、じっとアルバートの顔を見上げた。
そして何も言わずに出て行った。
「待ちなさい、トマ!」
そしてそれを追うようにモモタナが出て行った。