sideアンジュ ランカ先輩とデート1
アンジュ視点です
「お、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
私が馬屋に着くと、ランカ先輩は馬を出しているところだった。
ランカ先輩の馬は学園の所有馬の中でも一番大きい。
黒いつやつやとした毛並みがランカ先輩の髪に少し似ている。
ふと目が合うと、思わず頬の温度が上がった。
そんな私をよそに、クールな目元がじっと私を見た。
「いつもと雰囲気が違うな」
「お、おかしいでしょうか」
昨日はほぼ強制的にリシリア様のお部屋に連れて行かれ、久しぶりに髪にも身体にもたっぷりのトリートメントを施された。
そして夜はカモミールティーでリラックスさせられ、マッサージを受けている間に眠ってしまった。
朝は朝で、ヘアセットにメイク、衣装チェックまでリシリア様がしてくださった。
いつもは汗と泥まみれで美容もほどほどだけど、今日は少し背伸びしたオシャレ女子になれたと思ってたんですが。
「可愛いぞ」
たった一言で胸がきゅうっと痛くなる。
「ありがとうございます」
「行くか」
「は、はい。私も馬を――」
「俺の前に乗ればいいだろう」
そう言うとランカ先輩はひらりと馬に飛び乗った。
「え?」
「今日は訓練じゃないからな。ほら、手を」
ランカ先輩のごつごつした手が馬上から差し出される。
私と違って大きくて男の人って感じがする。
「じ、自分で乗れます」
「お前の身長では足りないだろう」
「……確かに」
私は鐙に足を掛け、ランカ先輩の手を握る。
その腕がぐっと引き寄せられ、私はランカ先輩に抱き抱えられるようにして馬に跨った。
「わぁ、高い!」
視界が上がる。
いつも乗っている馬と数10センチ違うだけなのだろうが、それでも高さを感じる。
「怖いか?」
「まさか!」
「ははっ。では行くぞ」
「はい!」
ランカ先輩がトンと足で馬の腹を蹴ると、黒い馬体は秋風の中を駆け出した。
私たちは学園内の森の中を駆けて行く。
背中に感じるランカ先輩の広い胸にドキドキしてしまう。
ランカ先輩を意識し始めたのはいつからだったろう。
1年生の頃は何とも思わなかった。
面倒見の良いストイックな先輩って感じ。
それにあの頃のランカ先輩は、多分リシリア様のことを見ていたと思う。
2年生になって、騎士団専攻の合同実習が週に1度あって、確かそれからだ。
いつの間にかランカ先輩を目で追うようになったのは。
「少し休むか」
「は、はい」
突然馬が止まった。
着いたのは小さな泉のほとりだった。
ランカ先輩は馬を木に繋ぎ、水を飲ませた。
私は手ごろな岩の上に座る。
「アンジュ、いつもの元気はどこへ置いてきた」
「それ、ランカ先輩のせいですから」
「俺の?」
ランカ先輩は不思議そうな顔でこちらに来ると、迷わず私の隣に掛けた。
「昨日の、あ、あれは、一体どういう」
思い出しただけでも恥ずかしさでおかしくなりそうだ。
「アンジュを娶るという話か」
「何で恥ずかしげもなく言っちゃうんですかぁ~」
私は膝を抱えて小さくなった。
「何が恥ずかしい」
「むしろなぜ照れの欠片もないのか教えてくださいよ」
私がもごもごと言うと、ランカ先輩は鼻で笑った。
「アンジュは2学期から中級にクラスが上がったそうだな」
「はい、おかげさまで」
1学期の終わりに受けたテストで、騎士団の初級クラスから中級クラスに進級した。
騎士団というのは思っていたよりも実力主義の世界のようで、平民出身の私でも努力さえすれば上へ行けると知った。
「進級試験の時に、外部の視察があったろう」
「ありましたね。偉いさんがずらっと並んで、しきりにメモとってました」
「その中に父がいてな」
「えぇっ!? そうなんですか!?」
私は思わず顔を上げた。
「試験後に少し話したんだ。面白い女騎士がいると言っていた」
「女騎士……」
「お前のことだ」
変な汗が背中をつたう。
あの時は必死で、無我夢中だった。
「騎士団に女というだけでも珍しいのに、その太刀筋も身のこなしも洗練されていて、見どころがあったと」
「あ、ありがとうございます。じゃないや、恐縮ですって、言うんだっけ、こういう時」
色々と頭がパニックだ。
「アンジュが平民だと知った父が、養子にとって育てようかと持ち掛けてきてな」
「よ、養子!? そんな貴族あるあるみたいなことして、幼気な平民を貴族社会に巻き込まないでくださいよ~」
「あぁ、だから言った。養子ではなく嫁に取ればいいと」
!?
「なぜ!?」
私はランカ先輩の方にぐるりと顔を向けた。
「俺はどの道誰かと結婚する。相手を好きであろうとなかろうと」
「貴族様って大変ですね」
「それならば強い女がいい」
「は?」
それって口説き文句なの?
何なの!?
「そして何より、俺が将来仕えるアルバート殿下とリシリア様に、絶対の忠誠を誓える女が妻であることが望みだ」
その言葉に胸が焦がれる。
ランカ先輩の誰よりも強い眼差しは、この強い意志にあるのだと知る。
「ランカ先輩は、リシリア様が王妃になると?」
「あぁ。あの方以外にいないだろう。お前もそう思っているんじゃないのか?」
胸が熱くなる。
「もちろんです」
リシリア様が大好き。ずっとお傍にいたい。
そのために辛い訓練も頑張って来たし、自主練だって欠かしたことない。
「アンジュの強さはリシリア殿への気持ちの強さだ」
「間違いないです」
「そういうところに好感を持った」
「こ、好感……」
その言葉はどう受け取れば良いの!?
「何か言いたそうだな。黙っているのはアンジュらしくないぞ」
ランカ先輩は私の頭に手を置いた。
体中の血液が沸騰しそうだ。
私は立ち上がって大きな声で言った。
「ではいくつか質問よろしいですか!」
「ふっ、その調子だ」
ランカ先輩も立ち上がる。
まるで決闘寸前みたいな体勢になってしまった。