アルバートの見本
アルバート王子のワルツは流れる水のように優美でしなやかだった。
力強くリードし技巧を見せつけるのがランカ先輩のダンスなら、アルバート王子のそれはうっとりとして華やかで、「舞う」という表現がしっくりくるものだった。
「ほう、やはり上手いな」
「公爵令嬢としての嗜みですわ。どのような相手でも合わせられなくては、社交界では通用いたしませんもの」
公爵令嬢ともなれば、王族はもちろん、酔っぱらいのおじさんに付き合うこともあるし、あまりダンスの得意でない身分の低い者からもダンスの申し込みを受けることもある。それらに対応出来てこそ一流の令嬢。というわけで、ノックス家ではダンスのレッスンは小さな頃からの義務だった。
そしてその厳しいレッスンを乗り越えられたのは、日々の基礎トレーニングの積み重ねのおかげでもある。
「リシリアは私とだけ踊っておけばいい」
「またお戯れを。そのようなわけには参りません」
「だがどうだ。見てみよ。どちらと踊っている時の方が皆の感心を引いている?」
ターンするごとに視界に入る皆の顔。
顔は前のめりになり、頬は血色よく染まり、一様に目を輝かせている。
こんなに素晴らしいペアのダンスを見逃すわけにはいかない、そんな感じ。
そして最後尾のアンジュに至っては、両手を胸の前で握りしめ、丸く大きな瞳を大きく見開いていた。
アンジュ様、口まで半開きですよ。
「殿下、もう十分見本になりましたでしょう」
「呼び方が気に食わないな」
「はい?」
「昨日の男のことは呼び捨てにしていただろ」
「ノアは幼い頃からの友人ですので」
「私も幼い頃より文を交わしていた」
それとこれとは違いますでしょう!
「殿下、無茶を仰らないでくださいませ」
「アルバートと呼ぶまでこの手は離さん」
「ひゃっ」
急に手に力がこもり引き寄せられる。身体が密着する。
観衆から感嘆の声が漏れる。
「おやめください」
「ほら、曲がチークにかわったぞ」
アルバート王子の頬が私の頬へ近づく。
「ア、アルバート! もう、いいでしょう!」
「うん、悪くない」
アルバートはすっと身体を離すと生徒たちに向けて一礼をした。
次の瞬間拍手が巻き起こる。
「す、素晴らしい! お二人とも素晴らしいですわ!」
先生はハンカチで目をおさえながら言った。
「ご覧の通り、私とリシリアにはこの授業は必要ないようだ。この時間は自習をしても?」
「えぇ、えぇ! 構いません!」
アルバートは私を振り返ると笑みを浮かべた。