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悪役令嬢はパラ萌えされる  作者: ハルノ_haruno
2年生
117/160

アルバートの使者

「? ノアのガラスペンを取りに来たのですが」


 強い雨が窓を叩きつける。

 ゴォゴォという風の音が強くなる。

 

「殿下、お下がりください。私が」


 ゴーチェ先輩はアルバートを制すると、主君の一歩前に出た。

 そして真っ黒な瞳で私を見据えると、湿った空気を震わせるほどの低い声で言った。


「リシリア殿は王妃教育を受けている身でありながら、カンサムとも関係が?」

「なっ! 誤解です! 私はただ、予備のガラスペンを取りに来ただけで!」


 身の潔白を証明しようと大きな声を出してしまう。

 窓の外には雷が光った。


「僕が頼んだんです。でも置き場所を伝え間違えて、二度手間ですが僕も足を運びました」

「そういうことにして密会を?」

「何を言うんですか! そんな馬鹿な事!」


 ノアは噛みつくように言った。


 私はとんでもないことをしてしまったのだろうか。

 この3週間、アルバートのために静かに彼を支えてきたつもりだった。

 執政補佐官へのフォローだって、全てはアルバートのためだ。

 少しでも業務が円滑に進むように、早く終わるように。ガラスペンのことだって、私が取りに行けばノアはその間に別の仕事が出来ると思ってのことだったのに。


「リシリア殿がカンサムの部屋に入り、後を追ってカンサムも入った。私と殿下が足を踏み入れた時には二人は近付き、あまつさえカンサムはリシリア殿に触れていた。これが事実だ」


 事実。

 その言葉はあまりに重くて私は何も言い返すことが出来なかった。 


「殿下、申し訳ございません!」


 ノアは平伏して床に頭をつけた。


「何もやましいことはございません。夏休み期間中、献身的に仕えていたリシリアを労おうとしただけのこと。ですが身の程をわきまえない行為でした。申し訳ございません」


 どうすればいいのだろう。頭がパニックになる。

 ノアは土下座なんてするようなことしてない。


「あの、私たちは、幼馴染みで……。頭を撫でるのは子どもの頃からで……」

「リシリア殿はカンサムをかばうか?」

「ほ、本当なんです。決して密会とか、そんなことは」


 アルバートと目が合わない。

 息が詰まって涙が出そうになる。


 ゴーチェ先輩は切れ長の目をさらに鋭くした。


「以前から貴殿らの親密さは気になっていた」

「親密だなんて」


 声が震える。

 雷鳴が響き、心臓を鷲掴みにされたような苦しさを覚える。


「気安く名前を呼び合い、砕けた話し方をし、会話の内容だって危うい。リシリア殿は以前にカンサムの部屋を訪れたことがあるようなことを言っていたな」


 確かに言った。

 紅茶の話をしていた時だ。


「何も知らぬ者がそれを聞けばどう思う。以前から親密な関係で部屋を行き来し、今日もこうして密会を重ねている。カンサム、お前の隣にいるのはもう幼馴染みではない。殿下の妻となるかもしれぬ者だ」

「承知、しております」


 ノアは頭を下げたまま言った。


「カンサム。これが王宮ならばお前は背信行為で処罰されるぞ」

「はい。考えが至りませんでした」

「別に本気で不義があったと疑っているわけではない。しかし『そういうことにしたい』連中は王宮には必ずいる。そして足元をすくわれるのはカンサムだけではない、貴殿らのお父上も職を追われることになるぞ。それは国としては大きな損失だ」


 父も、ノアのお父様も、執政補佐官としてはかなり高位だ。

 私は皆を巻き込みかねないことをした。

 アルバートのためを思ってしたことが、アルバートにとって損失になるなんて。 


 自分の至らなさと悔しさに涙が次から次へと溢れ出る。


「そしてそのような失態を犯した妻を持ったとなれば、殿下のお立場にも関わると覚えておけ」

「――はい」


 首を絞められたような息苦しさの中、必死で声を絞り出す。

 それでも情けない声にしかならず、また悔し涙が零れる。


「殿下、どうされますか」

「ノアは私の部屋に戻って執務を続けろ。リシリアは私室で謹慎だ。部屋から一歩も出るな」


 その冷たい声に、私は頷くしか出来なかった。

 涙で視界がぼやけてアルバートの顔が見えない


 本当に馬鹿だ。

 こんなんじゃアルバートに嫌われてしまう。







 パタンと私室の扉が閉じられた。

 誰もいない広すぎる部屋。外は容赦のない雷雨。

 せめてシーラがいてくれたら、温かいお茶を淹れて背中をさすってくれるのに。

 そんな甘くて弱い自分がまた情けなくて、感情がぐちゃぐちゃになる。


 せっかくザラ様に任せてもらった仕事なのに謹慎することになるなんて、何と報告すればいいのだろう。


 私は居室にいくほどの元気もなく、前室のソファーに倒れ込んだ。

 ここまで歩いてこられたのが不思議な程、気力はもうどこにも残っていなかった。


 今日まで私が努力してきたことは、たった一つの行いで全て徒労に終わってしまうのか。

 悲しい、悔しい、情けない。

 押し潰すような声で泣いた。






 どれくらい泣いたのか、雨音が少し弱まった頃、控えめなノックの音がした。


「リシリア様、アンジュです」


 アンジュ?


 私は扉の前までふらふらと歩いた。

 そして扉にもたれるようにして座った。


「何か御用?」

「開けていただけますか?」

「ごめんなさい、今は……」


 謹慎中だなんて恥ずかしくて言えない。

 私は床に座ったままうなだれた。


「王子殿下からのご指示です。開けてください」

「え?」

「一人で泣いているだろうからと、あと、食事も」

「アルバートが? 本当に?」

「何で疑うんですか。私、騎士団ですよ? 国に忠誠を誓った私が王子殿下の言葉を偽るはずないでしょう」


 私は半信半疑で立つと、鍵を開けた。


「ア、アンジュ!? どうしたのそれ!」


 アンジュはずぶ濡れの泥だらけだった。

 ぐっしょり濡れたアンジュは部屋に入ると後ろ手で扉を閉めた。


「屋外訓練中だったんです」

「この大雨の中!?」

「そうですよ。こんないい天気、滅多にありませんからね」


 いい天気……なのでしょうか。


「とりあえずお風呂へ」


 湯を張ろうと浴室へ向かおうとすると、アンジュに腕を掴まれた。

 その手はこの大雨で冷え切っていた。


「リシリア様」

「な、なに?」

「殿下はこの大雨の中、雨具も身に着けずにお一人で私のところにいらっしゃいました」


 ドクンと心臓が跳ねる。


「私が行くまでリシリアを頼む、と」


 私の喉から嗚咽が出るまでにそう時間はかからなかった。


「私じゃ代わりにならないかもしれないけど、そばにいさせてくださいね」


 アンジュは私の背中をそっと撫でた。


「ご、ごめ、なさい。めいわくを、かけて」

「大丈夫ですよ。ゆっくり息をしてくださいね」

「うぅ。うわぁぁぁ」

「よしよし。リシリア様はいい子、いい子」


 アンジュの優し気な声が私を包んだ。

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