マルチタスク
ノックの音がした。
私が扉を開けると3人の男子生徒が、夏休みにも関わらず制服姿で立っていた。
「リシリア?」
ノアは目を丸くしていた。
「執政補佐官専攻の方々ですね。私、夏季休暇中に殿下の身の回りを任されております、リシリア=ノックスでございます」
「監督……じゃなかった、リシリアさんが?」
「はい。授業の一環のようなものです」
授業の一環、を強調しておきました。
バカップルが使用人不在中にいちゃついてると思われてはいけませんからね!
「どうぞ中へ」
私は3人を前室に招き入れる。
2年生のノアにクロード。
それからもう一人は、えっと、3年生でしょうか。
にこりともしないし、目を合わせようとすらしない。無愛想な感じの人ですね。
ただ見るからに、めっちゃ頭良さそう。
「リシリアは初対面だよね。こちら、3年のゴーチェ先輩」
「デュラン伯爵家のゴーチェだ。リシリア殿、殿下はどちらに?」
「既に執務に入られております。お呼びいたしますのでこちらでお待ち下さい」
私は3人を前室の応接セットへ案内した。
「殿下、執政補佐官専攻の方がお見えです」
扉越しにアルバートに声を掛けると、ほどなくしてアルバートが現れた。
すっかりお仕事モードの顔になっていて、手には書類の束を抱えている。
私は静かにさがり、お茶の用意をする。
「各領地からの陳情書が山ほど来ている。水路の補修工事の嘆願、蝗害による食糧難、働き手の人口流出、新たな販路の紹介要請、係争の仲裁希望――。各自2件ずつ、好きなものを選べ」
ティーカップを温めているとアルバートの指示する声が聞こえた。
二人でいる時のアルバートからは想像もつかない、てきぱきとした出来る男がオーラがすごい。
「嘆願書の要約、解決案の作成を午前中に。午後はそれを会議にかけて最終決定を行う」
仕事の処理スピードの速さに驚く。
王妃教育の期末試験でやったような内容を、1日で2件も抱えるのか。
でもそれくらいのことが出来る知識があるのだろう。
私は期末考査の課題を完成させるのに、下調べだけでも1週間かかったけど。
「俺はこれとこれにしよう。地理が得意だから」
クロードの声がする。
執政にも得意不得意があるのか。
そういえばガローロ先生は、執政補佐官として外交分野を担当してたって言ってたっけ。
「じゃあ僕は領地の立て直しをメインにもらいます。収支報告を元に計算してみよう」
ノアは理系なのですね。
「殿下、ややこしい案件は?」
「このあたりだな」
「なら私はそれを」
ゴーチェ先輩は率先して難しい案件をとった。
仕事の配分が終わると、皆一斉に資料を読み始める。
カリカリカリカリ。
目線は資料なのに、右手は別の紙の上で忙しそうにメモをとっている。
器用だ。
アルバートは補佐官の皆が仕事に取り掛かったのを確認すると、居室へ戻って行った。
私はお茶を出し終えると静かに部屋を出る。
まずは厨房に全員分の食事の手配をしに行って、帰りに洗濯室に寄って仕上がった洗濯物を回収。
あ、清掃係に清掃時間の相談もしないと。執務中は無理だしなぁ。
これに加えて自分の勉強もしなくては。
この夏休みはザラ様が過去に行った執務の記録を読もうと決めている。
その資料がまた膨大な上、読むための基礎知識も補充していかなくてはいけないから大変だ。
私はマルチタスクをどの順番で処理するのが効率がいいか考えながら厨房へと向かった。