王子殿下のお世話係
聞かなかった私も悪い。
けれどまさかザラ様に呼ばれていただなんて。
私たちは運ばれてくる料理を口に運び、聞かれるがままに近況報告をした。
特に修学旅行の話を聞きたがったが、そこはアルバートが上手くかわしてくれた。
最後のデザートが運ばれてきた時、話題が尽きて一瞬沈黙が流れた。
「で、今日は何の用なのです? また大量の執務を置き土産に?」
アルバートは銀のスプーンを置いた。
「今回の用件は3つ。一つはそうね、お仕事をお願いするわ。今年は優秀な補佐官がいるようだから、去年の3倍」
ザラ様はお茶目な笑顔で指を3本立てた。
アルバートはあからさまにげんなりした顔になる。
「2つめは、王妃教育の成績を聞きに」
「!」
私は口に入っていたイチジクのシャーベットをごくんと飲み下した。
「あのガローロが珍しく賛辞の言葉ばかり並べていてね? 随分丸くなってと思ったのだけれど、リアちゃんの報告を受けて納得したわ」
「先生には多くのことを教えていただきました」
「ガローロは私が王妃になった当時、古株の執政補佐官だったの。それはそれは恐い人だったんだけれど……あのガローロのお墨付きをもらうだなんて、私まで嬉しくなったわ」
「恐縮です」
「あら、恐縮する必要はないのよ。それが貴女の真っ当な評価、胸を張って受け取りなさいな」
そう言われて私はザラ様を見た。
そうだ、胸を張れ。自分のしたことに誇りと自信を持て。
「はい、ありがとうございます」
「うん、素敵な笑顔」
ザラ様は満足げに言った。
「それから3つ目なんだけど、私、少し城を空けることになったのよ」
「母上自ら? 重要な外交でも?」
「そうよ~。外国だなんて、久しぶりすぎてどうしましょう」
ザラ様ならどこへ行っても余裕だと思いますが。
「身体にはお気をつけて」
「気を付けるにも勝手が違うじゃない?」
「まぁそうですね。水が合わないなんてことも聞きますし」
「使用人が合わない、なんてことがあっても困るし。かと言って城の使用人は多くは動かせないし」
ザラ様は交互に私たちを見る。
一体何なのだろう?
「何が言いたいのです?」
「アルバートとリアちゃんの使用人、1か月間借りてもいいかしら?」
部屋にあった荷物はシーラのものだったのですね。
「はい。ザラ様の仰せの通りに」
先に私が返事をする。
「不便をかけるわね」
「去年は一人で生活をしておりましたので、何とでもなります。シーラは優秀なので、今年は随分甘えさせてもらっているくらいで」
慣れない王妃教育でクタクタだった私を、献身的にサポートしてくれた。
夏期講習は2学期の予習に当てるつもりでパスしたし、身の回りのことをするくらいは余裕だろう。
「でもねぇ、何とでもならない人もいるのよねぇ」
ザラ様の視線はアルバートに向いていた。
「?」
「仕事は出来るのよ? その明晰な頭脳も卓越した運動神経も、我が息子ながら素晴らしいと思うわ。けれどね? 私生活においては壊滅的。だってそうよね、生まれた時から王子様なんだもの。生活力なんて欠片もなく育っちゃった」
生まれた時から王子様。
言い得て妙ですね。
「母上、いつまでも子どもだと思ってもらっては困りますね」
「あらぁ、じゃあお茶が飲みたくなったらどうするの? 一人で淹れられる?」
「やったことはありませんが」
「お風呂の用意は?」
「ゆ、湯を張ればよいのでしょう」
「朝はどうやって起きるのかしらねぇ」
「母上!」
アルバートは顔を真っ赤にして下を向いた。
可愛い。お母さんの前ではこんな風になるんだ。
「あぁ困ったわぁ。誰かアルバートの世話を焼いてくれる人はいないかしら。執務に影響でも出たら、国の一大事だもの」
その瞳は私を捉えていた。
「あの、微力ではありますが、私がお力に――」
「まぁリアちゃん! いいの!?」
リアクションが大袈裟ですよ。
明らかに言わせたではありませんか。
「は、はい。殿下さえよければ、僭越ながら務めさせていただきます」
「よかったわぁ。リアちゃんが立候補してくれなかったら、王妃命令を出すところだったわ」
「王妃命令……」
「陛下を側で支えるのは王妃の役目でしょう? だから王妃教育の一環として命令しようかと思ってたのだけれど。でもそれだと『やらされてる感』? 義務っぽくて嫌じゃない?」
少なくとも「言わされた感」ありますよ?
「ご心配には及びません。私は望んで殿下の隣にいることを決めたのです」
「うふ、若いっていいわねぇ」
舐めるような目でザラ様はアルバートに視線を移した。
「な、なんです。用件は3つ確かに聞きましたよ。そろそろ出発の準備をしては?」
「やだ、照れちゃって。でもそうね、そろそろ出ましょうか。じゃあリアちゃん、息子をよろしくね」
「こ、こちらこそ」
私は椅子から立ち上がって礼をした。
ザラ様は優雅に手を振ると扉から出て行ってしまった。
「お見送りをされなくても良いのですか?」
「あぁ、構わん」
「お顔が赤いですよ」
「放っておけ」
「可愛い」
「なっ」
いつもの仕返しです。
私ばっかり可愛いと言われて恥ずかしい思いをするのは割に合いませんからね。
「ふふ、何でも仰ってくださいね?」
「そうだな」
アルバートは立ち上がると不意に私を抱き寄せた。
「アルバート!?」
「1日の終わりにキスをして、朝もその唇で起こしてもらおうか」
「そ、それは」
「毎日お泊り会でもいいぞ。モモタナ殿は休暇中エーコットに帰ると言っていたな」
「知ってらしたのですか!?」
「あぁ。だから隣室に気を遣う必要もない」
「っ!」
「甘い声で鳴いても聞くものはいないらしい」
アルバートは私の腰をぐっと引き寄せ、そのまま奪うようにキスをした。
「んんっ」
「可愛いぞ?」
「やっ」
「私をからかった罰だ」
アルバートは意地悪な笑みを浮かべると、また私にキスをした。